冒険者、とは
白夜を通じて水狼やアランとルートスの会話を聞いていたミーシャは、準備が整って部屋から出て行く。
水狼も白夜もこのことは極夜側には伝えないでいた。いや、正確には極夜には伝えたのだが、アルには届かせていないと言ったところだが。
『主があんたたちを連れてきたのも、気まぐれじゃないよ』
ミーシャと共に食堂へやってきた白夜が、そう告げる。
「ミーシャ、白夜。おはよう」
「おはよう。……水狼、今の会話、本当なの?」
ミーシャの問いに、水狼はうなずく。
『貴族という家系には生まれたが、実のところは色んな使命を背負っているのだ。それは主だけでなく、彼の家の血筋の者全員に共通している。しかしこうして冒険者という立場にはいる……何故だと思う?』
「なぜ……って?」
椅子に座ったミーシャが、即座に聞き返す。水狼の言っている言葉の意味がわからなかったからだ。
今、盗み聞きの類を防ぐためにずっと防音結界を張っている。もちろん、目に見えない類のものだ。だから、彼らの話に耳を傾ける者は当然いなかった。
ともあれ、そう聞き返されるのは承知していたのか、水狼が口を開く……前に、白夜が話を続ける。
『貴族という立場が嫌いだからさ』
「嫌い? ……貴族が?」
『うむ。すべての貴族を嫌っているわけではないが、主は貴族自体あまり好きではない。それは、母親を殺した人間が貴族だったという理由も含まれる』
なるほど、と三人は納得の表情を浮かべる。
『……なんでだろうね。あんたたちには、何故か主のことを話したくなるんだよ』
不意に、白夜がそう告げる。すると、水狼も同じことを思ったのか共感するようにうなずいていた。
『うむ。もっと主を知ってほしい……だけではない気がする』
「って……言われてもな」
ルートスが困ったように呟く。水狼はアルのことを話し始めてから饒舌になった。それは彼自身がアルに生み出された存在であるからこそ、もっと"白の魔術師"という人物を、アルスレンドという人物のことを、ちゃんと知ってほしい。
それ以外にも、アルが自分は公爵家の者だと、そして自分の血筋について自発的に彼らに話をしていたというのが何よりも大きい。
そんな思いが、水狼や白夜には在ったのだ。
だがそれにも気づかないまま、水狼は更に言葉を続ける。
『ともあれ、主がここまでお前らを連れてきたのは、白夜も言った通り、気まぐれではない。四大貴族の者としての誇りと自覚はあるのだ。世界の治安を守るという役目もある以上、世界に飛び出してくれる者が増えるのは、嬉しいことなのだよ』
アルの本音を、水狼があっさりと言い放った。
リリーズ四大公爵家はもともと、全王に逆らう者が出てこないようにするため、全王法規を破る者が出ないようにするため……世界の治安を守るために存在しているのだ。
そんな役目を負う家系に生まれた以上、世界の英雄の一人と数えられるような存在が一人でも増えてくれるのは、アルにとって喜ばしいこと以外の何物でもない。
当然アランや彼らの暮らしていた村への恩返しということもあるのだろうが、それと同時にアラン達に世界で活躍してほしいという思いがあった。
「……なあ、じゃあさ、一つ聞いてもいいか?」
『む?』
アランが呟き水狼が答えを促すと、アランは数秒躊躇った後尋ねる。
「……やっぱりアルって、あの白い花畑にいた女の子だろ?」
「……痛っ」
「何をしていらっしゃるのですか、アルスレンド様」
「いや、つい」
「つい、ではありません。だから、私が食べさせますと……」
「嫌だ、それだけは勘弁」
食堂でアラン達が自分について話し合っているなどとは全く知らず、アルは椅子に座って朝食を摂っていた。だがその際、片手だけの生活に慣れず左手を使ってしまったのだ。
ウォルが心酔するアルが食事にも苦労しているのはなかなか見ていられるものではなく、手伝うと言っても断固として受け入れなかった。
「アルスレンド様。無理はなさらないでください。ここにいるのは貴方と、私と、極夜のみです。極夜とて、他人に言いふらすような真似はしませんし、私は言うまでもないでしょう?」
「……いや、そういう問題じゃなくて」
「わかってます。わかってはいますが、アルスレンド様がそのように苦労なさっているのが、見ていて面白くないのです」
「お前はそうかもしれないがな、こっちにはプライドってのがあるんだよ」
『主よ、たまには甘えたらどうだ? 主はいつでも自分のことを後回しにしておる。……というか、今回は恥じらいのためにウォルのプライドを傷つけるのか? それが耐えられないとウォルが言っておるのに。ウォルのためだと思ってはどうだね?』
「……なんで、そうなる」
自分のプライドはどうでもいいのか、とも思ったアルだったが、そんな気持ちはそうでもいいことだと気づいてすぐにこの言葉が出る。
精神年齢十五歳のアルが、誰かに食べさせてもらうといった行為を嫌がるのは仕方のないことだった。年齢的に恥ずかしがる歳であり、成長期真っ盛りの歳の年齢だけに、それは当然のことだった。
「……アルスレンド様」
「わかった、わかったから!」
観念したアルはついに叫び、左手に持っていたナイフを渡す。
「切るだけでいい。切るだけだぞ。あとは自分でやる」
「……はあ。わかりました」
ナイフとフォークを受け取り、ウォルは皿の上にある肉を一口サイズに切っていく。
朝からボリュームのある肉が食べられるというのは、やはりアルが冒険者として活動しているからこそなのだろう。
他にもパンやサラダといったものもあるのだが、やはり今のアルがこの中で一番食べるのに苦労するのは、両手の手首を使って切らなければならない肉だった。
ウォルとしても自分が主の口に食べ物を運ぶつもりで持ってきたために、アルが自分で食べると言い出した時は多少だが焦ったものだ。
……まあ、今までに何度もこういうことはあったので、すぐに切り替えができたのだが。
だが、それでも、怪我をしている主が苦労しながら食事をしているという姿はウォルもあまり見たくはない。
それは従者としてのプライドが許さなかったし、主が苦労しているのに自分が何もしないというのは不愉快極まりない出来事でもあった。
主が嫌がっているのに無理矢理、というのもどうかと思うし、今回もアルは不承不承といった感じだった。だが主に全く遠慮のない極夜のお陰で説得には一応成功したので、ウォルもそれなりに満足していた。
「アルスレンド様、どうぞ」
「……ありがとう」
少しだけ不服そうにしながらも、アルは礼を言って食事を再開した。
「ウォル、今日はルートスとミーシャの合否の発表だったな」
「アルスレンド様、今日は一日お休みください」
「い、いや、そうじゃなくて、だな」
やっぱり無理か、と思いつつそう返したアルだったが、極夜は面白そうにそれを眺めるだけだ。
「出立の準備だ。食料とあいつらの予備の武器を買ってやれ。金銭は俺が出す。で、そうだな……アルファ達も一緒に行くつもりだから、多めにな。あと、菓子の土産も適当に買ってきてくれ」
「……なるほど、かしこまりました」
「頼む」
止めればアルはしっかり休んでくれる、というのを理解しているウォルは、特に迷う様子もなくアルに渡された巾着を受け取る。
中身は金貨であり、このような大金を預けるのは、やはり従者に対する強い信頼があるからこそだ。
当然、ウォルにしても持ち逃げするなどということは万死に値する行為だと思っているし、そうでなくてもこれらを自分の物にするつもりは毛頭ない。
そんな風に、主から強い信頼を寄せられていることに大きな喜びを感じつつ何を買うのか、どこに寄るのかというのを頭で考え始める。
「あ、極夜、これを紅に届けて来てくれないか?」
『む? 手紙、かの?』
「そうだ。騒がせて悪かったっていう謝罪と、パーティーには参加できないっていう謝罪。それなりに重要だから落とすなよ? 届かなかったら紅や弟なんかはともかく、周りが怒りそうだからな」
面倒面倒、と言いながら、右手に持った封筒をひらひらと振るアル。それなりに重要だとか言っておきながらこんな真似ができるのは、アルがアルたる所以なのだろう。……しかし実際は、それなりにどころか、かなり重要な書類なのだろうが。
面倒事が嫌いなアルとしては、皇国の貴族に怒られるのはまっぴら御免だった。
SSランクの冒険者に対して強くは言えないだろうが、返事をしなければ立場が弱くなるのはこちらだ。国王からの手紙を無視したとして訴えられるのは、間違いない。
これ幸いと弱みを掴まれ、借りを作ってしまえば、どこかの傲慢貴族に仕官されては堪らない。
昔は帝国だったこの国には、傲慢な家系の貴族が数多く残っている。それ故にアルはこの国のほとんどの貴族を特に嫌っているので、あまり油断はしたくないのだ。
『ふむ、了解した。では、さっそく行ってくるかの』
「ああ、そうしてくれ」
極夜は、自分が出て行くために窓を開けてくれたアルの手から手紙を受け取り、外へ飛び出していった。
「……よろしいのですか、パーティーに参加されなくても?」
「せっかくのお誘いだったけど、都を出て行く直前に貴族に囲まれるのはな」
「それはそうですが……陛下のお傍にいれば、問題ないのでは?」
「それはそれで問題だ。紅だって他の貴族と話しをしなきゃいけないだろうし、その際に他の貴族に話しかけられてもな。正体を隠していっても、Aランク冒険者の顔が知れてる」
「……それは」
だが、別に無理に行かせる必要もないだろうと、ウォルは口を噤む。
アルのAランク冒険者としての顔は、髪の色を紺色にした時の状態だ。名前もアルという名を使っているので、"白の魔術師"だとは誰も思わない。
理由は、"白の魔術師"はシノンという名前で広がっているからだ。
色々と事情があって昔、養父につけられた名前だ。
情報に聡い者なら、『白の魔術師シノン』とセットで覚えているだろう。
アルが複数の異名を持つのは、活躍した時代が違い過ぎたことが原因だ。
例えば、最初につけられたのは"水魔"。単純に、アルが水属性の魔術を得意としているからだった。
次につけられた名は、"純白"。好奇心旺盛なアルは、魔術について自分で研究し始めたのだ。その時に使えるようになったのが、白色をした炎、物理属性の白い金属、水、そして植物の魔術だった。更にレイヴァであったことから、真っ白のイメージを持つ者としてこの名がつけられた。
今の白の魔術師という異名も、似たような意味合いでつけられたのだが。
過去につけられた異名の中でも長くその名が定着し、長くそう呼ばれていたのが、"水の魔術剣士"だ。
アルも含めた二十人の異母兄弟は、特殊な血を持っている彼らは約二十万年前に、五十年前のものより二つも前の暗闇戦争で活躍した。アルもその一人であり、それ以前からもその名前は知られていたが、行方を眩ませたとされる一万年前の暗闇戦争まで、ずっとその名前で呼ばれていたのだ。
だがその二十人の英雄は一万年前の暗闇戦争が終わってから姿を消しているとされており、今では歴史……いや、伝説や神話に残るだけとなっている。
そして、今はSSランクとしての顔では"白の魔術師"、Aランク冒険者としての顔では、実は"森炎魔"の異名を持っていたりする。
今まで白や水にまつわる名前しかつけられたことがなかったために、"森炎魔"はアルにとって少し新鮮な気分になれた。
由来は、Aランクの方では目の色は青色ではなく赤色なのだが、彼が基本Aランク冒険者として使っている属性は主に森と炎だからだ。それ故に魔法使いとして適性は森と炎ということにしており、相反する属性の使い手としてそれなりに有名になっていた。
魔法には当然、相反する属性がある。魔術師と違って一部の属性しか扱えない為か、そういった反対の属性というのは例外を除いて一人の人が扱えるものではないのだ。
例えば、炎と水。例えば、風と地。例えば、命と物。
そういった例外である相反属性の持ち主は『対極魔法士』と呼ばれている。
だが、そういった適性を持つ者は、魔術師のように合成魔法によって更に複数の魔法を使えたりすることがある。
アルは普段から合成魔術を使っているので当然そこらの知識がある。彼の場合は、炎と森を組み合わせて炎を纏った棘を飛ばすといった真似ができる。だがこんなものは初歩的なものであり、レベルにしても初級合成。
属性そのものを合成させてしまえば、地属性が生まれる。森をすべて焼いてしまえば現れるのは地面だ。そんな当たり前の自然現象が、魔法の現象ともなって表れてもくる。
炎をもう少し調節すれば、光属性が生まれる。森の割合を高くし、暗い森の中で炎によって葉が燃やされれば林冠にギャップが生まれ、現れるのは光。
そう言ったように頭を少し捻るだけで、使える魔法自体は限られるが属性を操ることなど簡単なことなのである。
例えば、炎と水を組み合わせれば密度の高い水蒸気の摩擦で起こる雷属性を使えるし、命と物を組み合わせれば、命があるようでないような存在である精霊の属性――精属性を扱える。風と地を組み合わせれば、密度を上げて物理の属性を生み出せる。
もちろん、合成の組み合わせ自体は相反するものばかりではないのだが。
ともあれそんなわけで、合成魔法を使ったアルの魔法も有名になり、そんな異名がつけられたのだ。
「ごちそうさま」
小さく呟き、アルは椅子の背もたれに寄り掛かる。
「アルスレンド様、お飲み物はどうされますか?」
「……ココア」
「かしこまりました」
甘いものを口に含みたい気分といったアルは、短くそう答える。ウォルはさっさと食器を下げると、収納魔法で異空間に入っていた道具を取り出す。
そしてココアパウダーを入れ、湯を注ぐ。これだけの作業だが、パウダーの量も湯の量も絶妙であり、アルの好みの味を仕上げる。
それこそがウォルのプライドと負けず嫌いの性格が、心酔する主のためにと磨いた技の一つでもある。
「どうぞ」
「ん、ありがとう」
ソーサーを持ち上げるといった真似ができないアルは、そのままカップを持ち上げて口につける。
もともと貴族という立場で教養されてきたアルだったが、今は冒険者だ。特に礼儀作法など気にしないまま無造作に中身を飲み込んだ。
狼の習性や体質を持つアルが猫舌なはずがなく、熱い湯でも全く気にした様子もなく飲み込んだ。
白くて細い、男性とは思えない優美な喉がこくりと動き、ほっと息を吐いたアルは、ウォルへと視線を向ける。
「美味い」
「ありがとうございます」
その言葉を言われるだけで、嬉しそうに頭を下げるウォル。
アルは女性も顔負けの甘い物好きだ。当然ココアのようなカフェインも大好きであり、特にウォルの淹れてくれたものは特に好んで飲んでいる。
「それでは、食器の方を片づけて参りますので」
「ああ」
短く返事を返して、アルは少しの間一人の時間を楽しむのだった。
「ふう……美味しかった」
そう呟いたのは、アラン。
アルとウォルの二人がそんなやり取りをしていることは知らず、彼らは彼らで食事を楽しんでいた。
しばらく食休みをした後、アルは今日一日休むようだと聞いていたアラン達は今後の予定を話し合う。
ルートスとミーシャは合否の発表があるのでギルドへ。そちらへは水狼が一緒に行くことになった。
『アラン、ウォルが買い出しに行くらしい。あんたも色々揃えたらどうだい?』
「え、本当?」
『ああ。どうせ暇だろ? なんか土産でも買って、旅をしてる間に食べればいいさ。ああ、それから、みんなに言っておくけど、アルファ達もコペルまで一緒に行くらしい』
「お、良いな、それ」
「じゃあ、またお話できるね」
ルートスとミーシャがそう告げる。
「だな。レイともまた話ができるぜ。アルファさんとも模擬戦やってもらおうかな」
アランがそう呟くと、水狼も同意するようにうなずく。
『うむ、何度でもしごかれると良い』
さりげなく酷なことを言ってくる水狼だったが、アランを想ってのことだと理解した本人は少し嫌そうにしながらもうなずく。
「じゃ、そろそろ行こうか。間に合わなくなる」
「そうだね。じゃあ、あとでねアラン」
「ああ、行ってらっしゃい」
二人の合否に関しては全く心配していないアラン。それは水狼や白夜も同様で、余計なことは言わないまま彼らは別れた。
*
「……確かに厄介だったな、こりゃ」
夕方になった頃。そう呟いたのは、都へは依頼で来たSランクパーティ『皓月千里』のリーダー、アルファ。
彼らは都の近くにある森の中に来ており、今となっては依頼主――ギルドの言っていたことの意味がようやく分かった。
彼らが戦っていたのはBランク指定の魔物である地竜の群れだ。それが最近になって都付近の森に現れ、何故か襲われた人は出なかったが危険だということでアルファ達に討伐依頼が入ったのだ。
何故Aランクパーティでは厄介だったかというと、偵察に出た冒険者の話では希少種の集団だったという情報があったからだ。
目撃情報がいくつかあり、裏付けもできたためにSランクパーティ『皓月千里』が対処することになった。
地竜がファイアブレスやアイスブレスといったものを使っていたため、確かに厄介な存在ではあった。
だがそこはユウキの炎属性の魔術とレイの水属性の精霊魔法で防ぎ、何とか群れを全滅させたのだった。
そして、ユウキの収納魔法で地竜の死体を回収すると、彼らはさっさと都への帰路についた。




