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水の聖者~20の柱~  作者: 森川 悠梨
第一章 冒険篇、白の魔術師
14/33

リリーズ四大公爵家

 アルが指を鳴らす。アルファはそれがなんなのか知っていた。特にこんな雰囲気では、今の彼にとって欠かせない魔術である。


「《防音サイレント》、か。懐かしいな」

「おいおい、まだ四十年しか経ってないだろ」

「その四十年が人間の感覚で言えば長いんだよ」

「お前が人間? ……どこが」

「さりげなく酷いな!」


 アルの軽口にアルファが思わず突っ込む。

 だがこの空間にはアルによって完璧な防音結界が張られており、その大きな声も聞いている者は外にはいない。


「防音結界、か。すごいな」

「あ、これが結界かな?」

「本当に聞こえてないんだな。アルファさんの声、絶対外に聞こえてそうだったのに」


 ルートス、ミーシャ、アランの順番で次々にそう呟く。

 部屋の壁には黄緑色の淡い光を放つ膜があり、ミーシャが興味深そうに眺めている。


「さて、俺はこれから、本格的にお前たちを巻き込んでいく。これを聞いたら、たぶんほぼ確実に後戻りはできない。……それでもいいな?」

『もちろん』


 それぞれがほとんど同時にアルへ視線を注ぐ。


「俺の家名はネロヴァッサーだと言ったな。けど、ネロヴァッサーは母の家名だ。俺の本名は、アルスレンド=ヒューム=フォン=ダグリス。ダグリス公爵家の子息、"水の魔術剣士"とも呼ばれている」

『……?』


 だが、アラン達は首を傾げる。


「……貴族やベテラン以上の冒険者にはそれなりに有名だと思ってたんだけどな……ジャノン辺りに聞いたことなかったか?」

「ん……? 待て、ダグリス……?」


 三人の中で最も頭の良いルートスが、小さく呟く。その様子を見て、アルは笑みを浮かべた。


「て言うか、公爵家って……俺たち相当な失礼をしてたり……!?」

「あっ!?」

「待て待て、慌てるな。俺はあくまで全王の犬だ。公爵家とは言ってるけど、ほとんど裏社会での動きが多い。一般人の中でダグリス家の名前を知っている者はほんの一握り。それに、顔も知られていないダグリス家の人間が今までそれを黙ってたんだ。非があるのはこっちだ」


 アルがそう制止をかけると、三人は何とか落ち着いて彼の話に再び耳を傾ける。


「ダグリス家について詳しく話すわけにはいかないけど……まあ、そう言うことだ。ダグリス家は特殊な血を引いている。だから俺も、こんなに戦闘に特化した血を持って生まれたんだし」

「……なるほど。にしても、ダグリス家、か。思い出した」


 ルートスが冷静にそう答えると、アランとミーシャが彼に注目する。


「リリーズ四大公爵家。ダグリス家は、その一つ。だろ?」

「リ……リリーズ……」

「四大、公爵家……?」


 アラン達も、その名前には聞き覚えがあったのだろう。多少震えながらアルへと視線を戻す。

 無理もないか、とアルはため息を吐く。

 リリーズ四大公爵家。

 それは、全王王国リリーズの貴族や裏社会で――あくまで後ろめたいことがある者に限るが――最も恐れられている四つの公爵家だ。

 女王の先祖が、強力な人材を集め、仲間とし、仕事を与えた。主に世界の治安を守るためだとか、裏で行われている貴族や組織の活動の調査、迷宮入りした世界の事件の解決などを行っている。

 表に出てくることは少ないが、貴族や高ランクの冒険者の中でその名を知らないものはいない。

 顔は一部の者しか知らず、偽名を使われてしまったら敵か味方か判別が出来なくなる。後ろめたいことがある者にとっては厄介極まりない相手だろう。

 その中でもダグリス家は、もっとも強力な家系だ。

 現在当主や当主夫人は不在であるといった噂はあるが、噂は噂。

 屋敷がどこにあるかもわからないのだからそれを確かめようもない。

 そもそも、四大公爵家の知ってはいけない事実を知れば、情報網の広い公爵家は犬のようにすぐにそれを嗅ぎつける。そして情報が広がる前に、排除される。

 だからこそ、今まで謎の家系とまで言われていたのだから。


「安心しろ。前にも言ったけど、俺はお前たちに危害を加えるつもりはない。……ただ、後戻りできないってのはこのことだ。今まで俺の少ない知り合いにしか顔を明かしてこなかったんだ、アルファ達やお前達以外に俺がダグリス家の者だと知っているのはもうこの世にはいないさ」

「お、おい、それって……」

「ダグリス家の者の顔という情報を握ってしまったんだ。当然の仕打ちだよ。それに、そいつらは長年俺たちのことを探ってたからな。不可抗力ならまだ助けるチャンスは与えるが、自分から突っ込んで得た情報ならこっちも放ってはおけないのでね」

「リリーズ四大公爵家に触れるべからずって、全王法規にあるだろうに。不可抗力ならアルも言ったが助かる可能性はあるが……自分から手に入れようとして手に入れたのは完全な違反ってわけだ」

「他に方法はないのかよ? ほら、例えば、記憶を消すとか」


 アランは必死にそう訴えてみるが、アルは無情にも首を横に振る。


「駄目だな。一部の記憶を消してもまた調べようとするだろうし、全部消してしまえば結局殺してしまうのと変わらない。不穏分子は排除しないと、こっちもきりがないんだよ」


 アルの言っていることは紛れもない事実だ。

 一度四大公爵家に関する情報を掴むほどの腕がある者だ。掴んだ情報を、記憶が削除された後であってもまた手に入れられるかも知れない。そういった懸念から、違反行為……死刑に値する行為として、問答無用で排除するのだ。

 また、偶然道を通りかかった時に誰かが会話しているのを聞いてしまった。根も葉もないうわさで自分が四大公爵家について知っていると聞いた者が自分を捕らえ、自分を捕らえた者はある程度情報を持っていたのを聞いてしまった。スラムの酒場で偶然情報屋と何者かが話しているのを聞いてしまった。知り合いから内緒話だと言われて聞かされたことが四大公爵家の情報で、自分もろとも道連れにされそうになった。等々。

 こういった不可抗力の裏付けをした後、四大公爵家は動く。

 そうして自分達の情報を持っている者を排除した後、不可抗力で情報を握ってしまった者へ交渉を持ちかけるのだ。

 曰く、自分の下で才能を伸ばして働く気はないか。

 曰く、諜報員として動いて自分に情報を拾ってこないか。

 曰く、騎士として体を鍛え、国の役に立つ気はないか。

 曰く、従えないのならこの場で無駄に足掻いて死ぬか。

 理不尽なようで、理不尽でない交渉。もっとも、全王を主とする忠犬たちが提案してきているのだ。それほど時間もかからないままに一般人でも公爵家で働く優秀な人材になる。

 それぞれがそれぞれの才能を伸ばせるよう、少しでも才能があるのならそれを伸ばしてやり、本来なら殺されるはずだった者にしても生きがいを見つけられるし、公爵家も働き手が見つかって一石二鳥というわけだ。


「つ、つまり……?」


 そこまでざっくりと説明してやると、アランが恐る恐るといった感じでアルへと話しかける。


「不可抗力」


 ゆっくりと、そう告げるのだった。

 それを聞いて安心したのか、三人は安堵の息を吐く。


「そこで、だ」


 アルはもう一度言葉を紡ぐ。


「今一度、お前たちに交渉を持ちかけよう」


 来た、とでも言いたげに、彼らは背筋を伸ばす。

 不可抗力によって四大公爵家の情報を手に入れてしまった場合、公爵家の者が直接赴き、交渉を持ちかける。

 従えなければすぐに死ぬのだが、それでいて理不尽ではない――家族や友人には会えなくなるが――、むしろ利益すらある交渉。


「……共に世界を目指そう」


 そして当然、アルもダグリス家――四大公爵家の血筋の者の一人だ。彼らにとって不利益な交渉を持ちかけるつもりは毛頭ない。当然、死ぬという選択肢を敢えて出さず、当初の目標のみを提示する。

 そんなアルの言葉に笑みを浮かべ、アラン達は力強くうなずいた。


 *


「……なんかこうしてると、昔を思い出すよな」

「ああ、そうだな。驚いたよ。まさかお前がここにいたとは」

「《連絡用魔水晶コーリングクリスタル》でしか話してなかったからな。それにしたって、最後に話したのが去年の夏って……」


 そう言えば、とアルファは思う。そしてアルに視線を向けると、再び問うた。


「最近あの二人と話してるか? いや、もう五十年も経ってるんだから、子供の二人や三人はいるだろ?」

「……四十年位前から心も体も成長してない奴らが五人」

「……五人て。そんなにか?」

「いや、母体が二人だぞ? それくらいいたって……」


 ぱっ、と口を噤むアル。だが、アルファはそれを見て面白そうに笑みを浮かべる。


「へえ、上手くやってるんだな、シノン?」

「やめろ。思い出すだろ」

「あはは、すまんすまん」


 昔の名を呼ばれてあまり面白くなさそうに呟くアル。その頬はわずかに染まっており、長い時を生きていながらまるで年若い少年のようである。

 ……まあ、見た目がそうなら精神的な年齢も変わらないというのがアルの特徴なのだが。


「ともあれ、次はコペル王国に行く予定なんだけど……良かったら、ルミナやゼロにも会いに行かないか? 久々にちょっと話もしてみたいし」

「そう、だな……けど、さすがにアラン達を家に連れて行くのはちょっと気が引けるな。色々とまだ話してないことも多いし……」

「……そう考えるとさ、よく俺たちに話す気になったよな。特に、アラン達にもまだ話してないらしいあれ。まだ出会って数ヶ月くらいの頃だったか?」

「言うな。あれは最後まで話す気はない。……とか言っときながら、その時が来たら話してしまいそうだな」

「ははっ。ま、いいさ。アラン達は信頼できるぞ。お前のため、自分たちのため、そして村のために、世界に飛び出そうと頑張ってる。久しぶりに会って、ずいぶんと変わってたから驚いたよ」


 しみじみと呟くアルファ。

 以前に会った時は、中途半端な覚悟だった。だが今日久しぶりに会ってみれば、"白の魔術師"に出会えたアランのアルに対する視線は憧れのそれではなく、目標へ向けるものだった。

 それがアルファから見たアランの大きな変化で、何があったか詳細は不明だが、精神的に成長したのは確かだ。


「……なるほど」


 不意に、アルファの様子を見ていたアルが呟いた。


「要は、卵を産んだ者の一人はお前か」

「ははっ。……かもな」


 十日間程だが訓練に付き合ったことのあるアルファが、そう呟いた。

 たかが十日、されど十日。

 この世に生を成した(才能を開花させた)雛鳥(アラン)は、これからエサをもらって(多くのことを学んで)育ち、そしてやがて飛び立って(名を馳せて)いく。


「ま、魔術を教えるならお前が最適だろ。剣術にしても、俺より全然上だし……」

「いや、差がありすぎても良くないんだ。だから、それこそリオン辺りでも……うーん、微妙だな」

「リオンってのは?」

「次男。十五歳の姿のまま成長できない奴だ。……俺に似て、な」

「はははっ、お前に似てるっていうか、同じじゃないか」

「ほっとけ」

「……にしても」


 数秒間笑った後に、アルファは不意にそう声をかける。


「本当に、変わってないな。姿も、性格も」

「はあ……それに関しては俺にはさっぱりだよ。……ただ」

「ただ?」

「あいつらに顔を出したいな……とは思ってるんだ。最近本当に帰ってないから、みんなに怒られるかもな。特に、ルミナとか、長女とか」


 そう言って、アルは苦笑する。


「ま、早いとこ帰ってやれよ。一段落したらまたコペルに行けばいい」

「言われなくても、そうするつもりだよ」


 にっ、と歯を見せながら笑うアルファ。久しぶりに顔を見た友人は、最後に話をした時よりも少し元気になっていた。

 それには少なからずアラン達が関係しているだろう。特にアランは、"白の魔術師"という冒険者に憧れてきただけあって、今ではアルという人物を目標にして頑張ろうとしている。

 たとえアルの面倒事に巻き込まれようが、彼との実力差が開きすぎていようが、関係ない。

 ただアルという人物を慕っているのだ。それだけでも、アルファにとっては少しでも安心できる要素となっていた。




 ふっ、と。

 目を開けた先にあるのは薄暗い空間。

 蝋燭の火がゆらゆらと揺れる動きを数秒間見つめながら、アルは体を起こす。

 数秒の後にはアルファも体を起こし、アルに視線を向けてうなずく。

 蝋燭の火ではそれなりに広い部屋を照らしきれないのでかなり暗いのだが、二人とも夜の行動には慣れているので暗視が可能だ。

 それぞれ武器を手にとって、長年培ってきた勘を頼りに、静かに警戒をし始める。

 と、唐突に響く金属音。

 アルファもアルに近づく気配には気づいたが、反応は一瞬遅れた。だがすぐにアルを護衛するべくベッドから降り、アルを襲った襲撃者に鞘に納まったままの剣を突き出した。


「ぐうっ……!?」

「悪い」

「いや」


 短く会話を交わす二人。アルもベッドから降りて戦闘態勢に入る。愛剣の片割れである黒刃を取り出して鞘から抜き、右手に持つ。だが、その間でもアルはやりにくいものを感じていた。

 普段彼が使っているのは二刀流と似ても似つかない双剣流である。

 つまり、両手に剣を持って戦うのである。昼間の騒動では手加減しなければならなかったために黒刃のみで戦っていたが、今回の場合は夜襲だ。手加減など考えていられない。

 ましてや、アルは体調が万全ではなく、左手首は捻挫している。

 やりにくい理由の一つでもあり、余計に彼の苛立ちを煽る要素でもあった。


「はあっ!」


 アルファの気合の声とともに、鋭く響いたのは金属音だった。

 アルにしか音は聞こえていなかったが、実は水狼エクロスや白夜、極夜達もすでに外で戦っており、中に入ることを防いでいた。

 だがここは高級宿であり裏口がいくつもある。それが災いしたのか、さすがの彼らでも襲撃者の侵入を完全に防ぐことは不可能だった。

 セキュリティに関してはどのように潜り抜けて来たかは不明だったが、それでもやはり、そこはプロの本領発揮といったところか。

 アルも、アルファが敵の攻撃を迎え撃っているのと同時に自分に近寄ってきた敵にも攻撃を加える。

 こちらは殺す気がないらしく首筋や項といった急所を狙うため棍棒を手にした男がそこにいた。

 獲物は子供のような見た目をしているが、本性はSSランクの冒険者……それこそ、猫の皮を被った獅子……どころではなく、王族階級の古龍といったところだ。

 そんな相手だけに、いくら狭い室内だとは言っても一人で敵うはずがないというのはわかっているからこそ、今回夜襲を仕掛けたのだ。そして、当然それを理解している男たちが、今アルの目の前にいる男の攻撃だけで済むはずがない。

 更にそれを理解しているアルとしても、すべて決して無視するわけにはいかない。

 二重、三重、四重……下手をすれば五重にも仕掛けてくるだろう。

 そんな中で、最も無視できないのは二重以降の攻撃なのだ。最初の攻撃も無視できないとはいえ、最小限の注意を払っていればいい。確実に仕留めることを目的としたわけではなく、あくまでも牽制や陽動の攻撃。

 注意を逸らされることなく、アルは棍棒を断ち切って間もなく鳩尾へと左腕の肘を使って男を気絶させ、次に男の後ろにあったわずかな気配を拾ってこちらから襲いかかる。だが向こうもそれを予想していたのか、特に慌てた様子もなく細い棒を振るう。だがアルの持つ魔力の通った黒刃は、それを切り裂き、そして男へと刃が叩き込まれる。


「ぐぬぅ……!?」


 だが、次の行動に移るまでが遅れてしまった。アルが男に攻撃を仕掛ける数瞬前から、今のアルにとって反撃しにくい方向――つまり左側から、襲ってきている者がいた。

 その襲撃者は短いが幅の太い棍棒を手にしており、アルの脇腹目がけて突き出してきていた。

 アルの動きを予想しての攻撃だったために、彼でも感知はできても体が思うように動かなかった。


「ちっ……!」


 無理矢理体を捻って何とか直撃は免れるも、免れることができたのはあくまで直撃。棍棒が脇腹を掠っていき、されど脇腹を掠りそれなりのダメージをアルに与える。

 右側に出たアルの更に背後から、同じような棍棒を手にした者がいた。アルの予想した通り、四重の攻撃を仕掛けてきた襲撃者達。だが予想できていただけに、アルは特に驚いたり慌てたりすることなく迎撃の態勢を取る。


(まだ動けるのか!)


 苛立たしげに内心で呟くのは、アルの脇腹に一撃――正確には掠っただけなのだが――を与えた襲撃者。すでにここでもう一度アルへと攻撃を仕掛けるべく動いており、今のアルがそれに対応できるはずもない。

 にやり、と成功を確信したかのようにほくそ笑む襲撃者。

 だが、次の瞬間には目の前に自分たちが生け捕るべき対象は存在していなかった。戸惑いの表情すら浮かべ、周囲を見回して見つけた時には、アルは()()()愛用の剣を握って腰を落としていたのだった。


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