奇襲
スラムの中でも、普段から人がほとんどいない場所。
だが、アルやウォル達を狙った者たちが起こした騒ぎによって、全く人のいない場所になった。……正確には、スラム街の住人が全くいない場所になった、と言うべきだろうが。
ともあれ、そんな風に人が本当にいないような沈黙が広がった後。
「ちっ!」
アルが鋭い五感と同時に第六感とも言うべき鋭い勘を使って跳躍すると、そこに刺さったのは、槍。
「っ! アルスレンド様!」
ウォルが叫ぶ。アルも、まずい、と内心で呟いた瞬間、体に鋭い痛みが走った。
「ぐっ……!?」
「ちっ!」
ウォルは大きく舌打ちをする。そして、背後に感じた殺気に反応して鞘から抜かれた剣を振るう。空中でバランスを崩したアルは、地面に倒れていたはずの男に受け止められ、肩に担がれる。
「ちぃ……!」
動きにくかったが、意識はあった。右手の黒刃を振るい、男の右足の膝裏……つまり、ひかがみの部分を切り裂く。
「がっ!?」
まさか雷属性の攻撃を加えてもまだ人の体を切り裂けるほどの力があるとは思っておらず、襲撃者から漏れた声は男のもの。そしてアルはその隙に男の腰を黒刃の柄で思い切り殴り、背骨を砕いた。
……折るのではなく、砕く。
脊髄を砕かれた男は強烈な痛みに悲鳴を上げ、やがて倒れた。当然、背に担がれていたアルも地面に落ちるものであり、体が中途半端に痺れているため上手くは動かせない。
故に受け身も取れず、そのまま地面へと体を叩きつけられた。
「いっ……!」
小さくうめき声を上げ、駆け寄ってきたウォルによってアルの近くに倒れた男はその命を絶たれた。
「アルスレンド様、お怪我は……?」
「外傷はない。……悪いな。うっ……」
電撃による吐き気を堪えてゆっくりと起き上がりながら、アルはひらひらと左手を振る。はっとしたウォルは、周りの警戒を水狼に任せ、そっと主人の左手を握る。
「……捻りましたか?」
「あ、あはは。今しがた、な」
苦笑を浮かべながらそう告げるアル。ウォルは一瞬不愉快そうな顔――敵に対してだが――をするが、主の前だ、とすぐに表情を戻してアルの左手につけられている手袋をそっと外す。
そうして、戦いに身を置いているとは思えないほど白く細い手が露わになり、しかしウォルは気にせず水を生み出しては患部を冷やす。
「お身体の痺れは?」
「まあ、やばいと思った時に踏ん張ったから何とか、な。何もしてなかった時よりは、だいぶマシ」
「それは何よりです。……にしても、まさか槍を……」
「最初から避けさせるために放った槍だ。狙いは的確だったけど、音があからさまだったからな。針のように軽くて音もほとんど出ない物ですら簡単に避けたんだから、槍くらいは躱せるだろう、ってな。迂闊だった……攻撃を躱した瞬間の隙を狙われた」
『主よ。無事かの』
「……極夜? お前、アラン殿は?」
アルが返事をしないのを見てウォルが問うと、極夜は自分達が来た方向へと視線を向ける。そこでは、アランを含めた四人の男女が走ってきていた。
水狼は残りの敵を倒すべくすでに向かっており、見張りの代わりだとでも言いたげに近づいてきた極夜の体の大きさは一メートルほどのものになっている。
こうして体の大きさを自由に変えられるのは、やはりSランクの魔物としての能力なのだろう。
「アル! 大丈夫か!?」
「…………」
アルは、声をかけてきた人物に目が行って離れなかった。
その人物は先頭を走っていたアランを追い越し、やがて自分の目の前に膝をつく。
「……あ……アル、ファ……?」
やっと出てきた第一声は、それだった。
「極夜から、お前が大変だと聞いてな。急いできたんだ。……間に合ったのか、間に合わなかったのか」
目の前にいきなり現れた人物……アルファに、アルは驚愕を隠せない。だがその場にいたのは、当然アルファだけではない。
「ちょっと! なんなのよこれ!」
「アルさん!!」
「……フィア、レイ」
懐かしい人物たちの名を呼び、アルの中に生まれたのは安堵。彼らの活躍は、SSのランクを持っていればよく聞く。
そのパーティの名は『皓月千里』、世界的にも有名で三つあるSランクパーティのうちの一つであり、アルの古くからの友人であり、今は一緒には行動していないが現在のパーティメンバーである。
そして、この場にいるはずなのにまだいない仲間がいないことに気がつき、アルは不思議そうに尋ねた。
「……ユウキは?」
「ああ、子供の面倒を見てる。スラムに行くのに、十歳の子供を連れてくるわけには……」
「は?」
「アルファさん!」
「ははっ、すまんすまん。まあどっちにしても言うつもりではあったんだろ?」
「それでも自分で言いたいです!」
「はいはい、今はそれより、こっちだ。アルの手、どうした?」
アルの手を冷やしているウォルに声をかけるが、話しかけられているウォルは見向きもしないまま淡々と答える。
「捻挫です」
「捻挫?」
「事情は後でな。……とりあえず、いくらスラムのことでの出来事とはいえ、爆発は無視できないだろ。警備兵がそのうち来るだろうし、その時にでも……」
「アルスレンド様はお休みになっていてください。私が事情聴取に応じますので」
慌ててウォルがそう言うが、アルは首を横に振る。
「そもそもの原因は奴らが俺を狙ってのことだ。……まあ、そこら辺のことについて話をするつもりはないが、いきなり襲ってきたとでも言っておけばいいだろ。ルートス達の試験が終わったら、近くには都を出ないといけないな」
「アル、まさか、今回のって……」
「そのまさかだ。……前回のとは違う奴らだけど」
ウォルが自分の手首を固定しているのを眺めながら、そう呟く。
「……で、アルファ? ユウキとレイの子供だって?」
「あー! アルさん、それに関しては後でちゃんと紹介するから、今は聞かないで!」
レイの慌てた様子に、アルは面白そうに笑う。
「わかった、わかった。わかったから、あまり叫ぶな」
「ぬ、ぬう……」
アルのその言葉に沈黙したレイ。そんな彼を懐かしそうに眺めながら、今度はアリュスフィアに話しかけた。
「フィア、ずいぶんと変わったな」
「あら、それはあなたもでしょう? なんか小さくなった?」
「能力的な問題だ。ほっとけ」
「ふふっ。そうね、そうだったわね」
「アラン、彼らにはどういう経緯で?」
「え……いや、極夜と話をしていたら、偶然。前にアルファさんたちはカル村に来たことがあって、さ」
「まあ、それは知ってる。一応、《連絡用魔水晶》で以前に聞いたことがある。……にしても、アルファたちはなんで都に?」
「今更か? 依頼だよ、依頼。ちょっとAランクパーティじゃ厄介らしい案件があるらしくてな」
「……へえ」
アルは小さく呟く。特に興味はないらしく、手当をし終わったウォルが自分を見ていることに気がつき視線を向ける。
「アルスレンド様、警備兵がこちらに来ました」
「ああ、わかった。じゃ、大人しく事情聴取を……っと」
「あっ、アルスレンド様。……まだお身体に痺れが」
体に上手く力が入らないアルの体をウォルが支え、肩を貸した。
「ああ、アルなら俺が世話しとくから、あんたはそのまま警備兵に話をしてきた方がいいんじゃないか?」
「……そうですね。アルスレンド様」
「……わかったよ、休んでりゃいいんだろ」
二人に挟まれたアルは、諦めてため息を吐く。
ウォルも、アルとアルファが話をしていたのを聞いていたので、その様子から二人がどれだけ親しいのかというのを悟ってアルファに主を任せる。
「相変わらず軽いな、体重」
「言うな」
「へいへい」
短く会話をし、アルファはアルを再び座らせた。
「……って、ウォル殿!? いったい何の騒ぎですか?」
十人以上の警備兵の中で、代表の者がウォルにそう話しかける。その警備兵はウォルの顔を知っていたらしく、他にも数人ほどの警備兵も少し驚きを露わにしていた。
「申し訳ございません。都内で敵意ある視線を感じ、排除しようとこちらに参ったのです。……結果は、ご覧の通りです」
Bランクの冒険者として都の警備兵とある程度認識のあるウォルだ。その警備兵にも見覚えがあったらしく、軽く頭を下げるとそう告げる。
「……なるほど。では、彼らを捕縛しますが、よろしいですね?」
そう確認の言葉を入れる代表の警備兵に対し、ウォルは当然躊躇することなくうなずく。
そして警備兵は後ろの者たちに目配せをすると、彼らは走り出し、黒ずくめの襲撃者たちを捕縛するべく縄を打つ。
「それで……ウォル殿と主殿が襲われたとおっしゃっていましたが、彼らは今回の件に関係しているのですか?」
警備兵がアランを含めた四人を示しながらそう言った。
「いえ、今回襲撃を受けたのは私と主のみです。他の者は、敵が片付いてから来ました。私達の友人ですが、今回の件に関係はありません」
「なるほど。では、この後事情をお聞きしたいので、あなたのご主人も含め、ご同行願えますね?」
「私は構いませんが、主人はお怪我をなさっておられますので、宿の方で少し休ませたいのですが」
「……できれば一緒に来てもらいたいのですが……どうしても?」
警備兵のその言葉に、ウォルは躊躇うことなくうなずく。
「駄目です」
「では、護衛の方はどうされますか? あなたが詰所に来てしまえば、ご主人も安全とは言えないのでは? 夜襲の危険もあるでしょうに」
「主人には従魔が複数いますので、護衛の方はご心配なく」
警備兵もその言葉で納得したのか、あるいは諦めたのか、軽くため息を吐いてうなずく。
「わかりました。それでは、ウォル殿には一緒に来ていただきますので、そのつもりでいてください」
「ありがとうございます」
ウォルは笑みを浮かべてそう言う。
そして、主の下へ行くべく歩き出す。
「話をつけて参りました。……アルファ殿、こちらから依頼があるのですが、よろしいですか?」
ウォルが誰にも聞こえないような小声でアルファへ話しかける。五感の鋭いアルファと話しかけられた対象ではないがアルもそれを聞き取り、表情を軽く引き締めて彼らの会話を見守る。
「ああ、いいぜ」
アルファも、ウォルが自分に何を依頼したいのか察したのか表情を引き締める。
*
「……なるほど。それで、心当たりはあるのですか?」
「残念ながらありませんね。まあ、近頃この都を出る予定ですので、それほど心配はしていないのですが」
ウォルは多少の苛立ちを感じながら、警備兵に対して返事をしていた。理由は、先ほどからずっと同じやり取りをしていることにある。
最初に下っ端の警備兵が話を聞き、また別の警備兵、また別の……と、もう数時間近くこのやり取りを繰り返しているのだ。
だがそれは、何度も繰り返すことで事情聴取の際にウォルが嘘を言っていないことを確認するためのものだというのは本人もわかっているのだ。
だからこそ、手負いの主人を宿で休ませたいと言ったのだから。
既に外はもう暗くなっており、真夜中と表現しても正しい時間帯。
「わかりました。じゃあ、すみませんがもう少し待っていてください」
「あの、その前にもう一つ」
「なんでしょう?」
「……私は、いつまでここにいれば良いのでしょうか? 早く主人の下へ戻りたいのですが」
「申し訳ありません、私どもにはその辺りはわかりませんので」
苦笑いとともに、聴取を終えた警備兵は部屋から去って行く。
Bランク冒険者として活動しているウォルには疲れは特にないが、精神的な疲れは多少なりとも出てきている。
何度も同じ話をしなければならないことや、何時間も主の下を離れてしまっているということのストレス。
それらが積み重なって、最終的にはウォルの精神的な疲れとなって表れてきていた。
「アルスレンド様……」
今頃は主や水狼達も大変だろうと、離れた場所にいる主や同僚のことを想うのだった。
時は少し遡る。
ウォルが警備兵と共に詰所へ向かい、アリュスフィアとレイの二人と別れ、アルをアルファが運んで宿に戻ってきたアラン達は、アルとウォルの借りている部屋へと来ていた。
「ああ、ありがとう」
ベッドに座らされたアルがアルファに向かってそう呟く。
「そう言えばもう昼を回ってるよな。アル、腹は?」
「さっきまで買い食いしてたからな……いらない」
「……そっか」
短く返事を返すと、アルファは椅子に座って窓の外を眺める。
「にしてもさ、組織も執拗だよな。……何代にも渡ってお前を狙ってきてるって言ってたよな?」
アランもソファに腰かけるなりアルへと話しかける。
「そうだな。……血筋だけなら、なんでって思うだろうけど……」
「他にも狙いがあるのか?」
「さてな。あるんだろうけど……それぞれ違うようだ。アルファ」
「……話すのか?」
「一部だけ……されど一部、な。これから、アラン達を世界に出すって決めたんだ。なら、最後まで付き合ってもらう。それが無理なようなら……こっちが諦めるしかない」
「待ってくれ。俺たちは最後までお前に付き合うって、お前の役に立つって……そして、お前に追いつくって、決めたんだ。何かあるなら、話してほしい、アル」
アランの決意が固まった瞳を見て、アルは笑みを浮かべる。
「まあ、そう言うと思ったよ。幸い……」
アルは呟きながら、部屋の入口へと視線を向ける。
(あの二人も、白夜も、帰ってきたらしいからな)
笑みを浮かべ、扉が開いた瞬間に言葉を紡ぐ。
「おかえり、二人とも。どうやら上手くいったらしいな」
「ただいま。……話してくれるのなら、聞くよ。私達も」
白夜を通じて彼らの会話を聞きながら廊下を歩いてきていたルートスとミーシャが、アランと同じ決意の固まった視線を向けながらアルへと告げるのだった。




