スラムの襲撃
「……だから、悪かったって」
「ふん、女性の部屋に入るときはノックしてって、前にも言ったわよね? 忘れたの?」
「あ……いや……ごめん」
すぐ脇で行われている妹による兄への説教を少し眺めながら、アランは少し嫌そうな顔をする。
「いやあ、でも驚いたな。まさかアラン達がここにいるとは……アルさんも気まぐれだな」
アリュスフィアの説教を避けるかのように向かいの席から話しかけてくるレイに、アランもうなずく。
「あ、そ、そうだな。でも、なんでレイ達が都に?」
「ん? そりゃあ依頼に決まってるだろ? どうせならアルさんも誘って行こうかな」
パーティリーダーが説教を受けているために訊けないが、レイは久しぶりに会えるかもしれない憧れの存在の名を呼ぶ。
「ルミナさんやゼロさんもいたら良かったのにね」
「……ルミナさんに、ゼロさん?」
「んあ? ああ、昔のパーティメンバーだよ。今はコペル王国にいるけど……そうだな、いつかみんなで狩りっていいよな」
「そこはアルさん次第だよ」
レイの言葉に、ユウキがそう返す。
「……ま、そうか」
「お母さん!」
「……は?」
いきなり聞こえてきたその声に、アランが声を上げる。
宿の部屋の入口に見えたのは、ユウキと同じ白金色の髪を持つ男の子だった。
特徴的な長い耳に、ユウキにも、レイにも似ているその顔立ちは整っている。それはもうエルフ以上だと言えるもので、アランも一目で男の子がユウキとレイの子供だというのを悟った。
「ロイ? どこに行ってたんだい?」
ユウキが椅子から立ち上がってロイと呼ばれた十歳ほどの男の子に近づいて行く。
「そのひと、誰? しんにゅうしゃ?」
「あ、こらこら。勝手にお客さんを侵入者扱いしない。ごめんね、アラン君」
苦笑を浮かべながらそう謝ってくるユウキに対し呆然とするアラン。
「え? あ、ああ、うん。じゃなくて、はい。……それより、前に村に来たときはいなかったよな、その子供?」
「ああ、それはな、村に向かう前に知り合いに預けてたからなんだ。あの時は、ちょっと危険な依頼だったからな」
レイも立ち上がり、息子の頭をぽんぽん、と叩く。
「紹介するよ。息子のロイだ。まだアルさんにも紹介してない奴なんだ。今度驚かせてやろうと思ってな」
「……そ、そう、か」
アランの表情は強張っていた。紹介されたロイは父親の背に隠れて出てこようとせず、警戒を露わにしているからだ。
「……はあ」
そんなロイの様子にレイはため息を吐き、そのままアランの下に歩いて行く。ロイも慌てて父の後を追っては、前に突き出される。
「ほら、自分で挨拶しろ」
「……よ、よろしく」
そう言うと、ロイはそそくさとユウキの後ろに隠れる。
「ま、ハイエルフって警戒心強いものね。エルフに比べても滅多にいないだけに」
いつの間にか説教が終わったらしく、アリュスフィアが割り込んでくる。
ハイヒューマンのユウキと、エルフのレイ。普通ならその子供はハーフエルフといった種族に分類されるのだろうが、母親のハイヒューマンの血があってハイエルフという分類になってしまうのだろう。
もしくは、ハーフハイエルフといった具合だろうが、ロイの場合は純血だった。
「えっと、うん。よろしくな、ロイ」
「き、気安く俺の名前を呼ぶな!」
「ロイ」
「ひっ!」
教育的指導としてレイが息子を軽く睨むと、ユウキの背に顔を隠してしまった。隠れるための壁にされているユウキは苦笑を浮かべ、立ち上がる。
「さて、みんな揃ったことだし、アルさんに会いに行かない? ロイも紹介したいし」
「あるさん?」
「白の魔術師だよ」
「え!? 白の魔術師!? 行く! 俺も会う!」
「しー、声が大きいよ」
「はーい」
母親の口から出てきたその言葉に、ロイは喜色満面と言った表情をする。レイに似て、白の魔術師アルスレンドには憧れるのだろう。
ユウキやレイに昔から聞かされた生ける伝説に会いに行くという急な予定変更にも嬉々として飛びつく辺り、レイが白の魔術師は素晴らしい素晴らしいとしつこいくらいに言いつけているのだろう。
「アラン君、構わないよね?」
「俺は構いませんけど……」
ちらり、と妹に説教されて多少沈んでいたアルファへと視線を向ける。だが、アルに会いに行くと聞いた瞬間立ち直っており、さあ行こう! と言っているほど元気なら問題ないかとうなずく。
「じゃ、さっそく行くか」
アランも呟き、極夜にアルへの道案内を頼むのだった。
『……おかしいのぅ。この方向と距離感は……スラム街だの』
「スラム街? ……何かあったのか?」
極夜の言葉を聞いてアルファが呟くが、その時、極夜の片目がピクリと揺れるのと、スラム街の方向から派手な爆発音が聞こえるのが、ほぼ同時だった。
「なっ!?」
驚愕の声を上げたのは、スラム街の方向を向いていたアランだった。そこにあったのは黒く空に舞い上がる煙。
アルファたちもそちらを振り向き、舌打ちしてはそちらに走って行くのだった。
*
時は少し遡る。
アルとウォルは特に行く宛てもなく街をぶらついており、店を冷かしては食べ歩きを楽しんでいた。
「アルスレンド様、ご夕食が食べられなくなってしまいます。その辺でおやめになられた方がよろしいかと」
「ああ、そのつもりだよ。ま、この後どうせ栄養を消費するだろうから……」
アルのその言葉を引き金に、二人は《念話》を使いながら周りには気づかれないようにして話をする。
『そうですね。エメラルドとは別の者のようです』
『厄介だな。誘うか?』
『このまま人通りの多いところにいれば、追われはしますが少なくとも昼中に戦闘になることはないかと。しかし、夜襲を警戒することになります。……確実に捕えたいのであれば、誘った方がよろしいかと』
『わかってる。……じゃあ』
『そうですね』
その一言だけでアルが何を言いたいのか察したウォルが最後にそう告げる。
そしてアルが立ち止まると、ウォルも同時に立ち止まる。そして、今度はこちらの会話に聞き耳を立てているであろう監視者たちに聞こえる程度の、それでいて自然な会話をする。
「そうだ、スラムに行くんだった」
「は? ……スラム、ですか? 何か御用でも?」
「ああ。ちょっと酒場に。……例の件についてちょっとな」
「……なるほど。かしこまりました」
視線でやり取りをしながら、彼らは会話を合わせる。
また、水狼は子供の狼のようにアルの肩の上で眠りこけて――寝たふりだが――おり、周囲に気を配って警戒している。
アルとウォルは遠回りをし、裏通りからスラムへと入る。長年ここに暮らしていたことがあった彼らだからこそ、そのような真似ができるのだ。
そしてスラム街の中でも人がほとんどいない所に来ると……
「……っと」
気配もなく近づいてきた飛来物を、アルは一歩引いて躱す。……もっとも、気配がないのは当たり前だ。そもそも飛んできたのは物であって、生き物ではないのだから。
アルに向かって飛んできた物。それは、液体が満遍なく塗られた小さな針なのだから。
「……おかしいな」
敵を誘う一言。
ウォルは既に警戒しながら周囲を見回している。わずかな気配を感じる場所を警戒しながら、ウォルは剣の柄を握っている。愛用の槍は街に出るだけだったということもあり宿に置いてきている。
アルも警戒しながら地面に刺さった針を戦利品として収納魔法で異空間に仕舞い、更に言葉を続けた。
「ウォル、ここはスラム街だぞ。余所者が入ってきて警戒してるだけだ。気にすることはない」
「……はっ」
ウォルは剣の柄から手を放し、構えを解く。だが、それだけだ。表には出していないが相変わらず周りを警戒しており、いつ主が襲われてもいいように、いつでも武器を抜けるようにしていた。
アルも、警戒しているのは従者だけ、といった雰囲気を出すために表面上は油断しているように見える。だが実際は、一切油断などしていない。
相手は国の力も物ともしないほどの力を持っている組織だ。そこから送られてくる者たちは人の生捕に長けている者ばかりであり、今回とて例外ではないはずだ。
ヒュッ、と、人でも、獣人でも聞き取れないほどの小さな音をアルは聞き取り、腰の短剣でそれを弾いた。
「やれやれ……執拗だなあ」
呆れたように呟く。飛んでくる針から感じ取れる鼻に刺すような臭いは、間違いなく即効性の痺れ薬だ。
掠るだけで筋肉が麻痺し、眠りに落ちることだろう。
"白の魔術師"の名は伊達ではない。だが彼にとって、薬の類は血筋や体質などの問題で普通より効き目が著しい。
効かないのではなく、他の者に比べて効果が著しく表れやすいといった意味で、だが。
だから薬やアルコールの類には非常に敏感であり、それは今回のように、薬を塗られた投げ針にも関わってくる。
アルをそういった方法で狙うなら、それこそ遠くから、全くスピードを落とさない投げ針で、寝込みを襲うしかないだろう。
そんなことが可能な人間はそれこそ数える程度しかいない。だが生憎と……もしくはアル達にとって幸いと言うべきか、今回彼らを襲った組織の手の者の中にはそんな離れ業ができる者はいなかった。
「ぐふっ……!?」
アルは鞘に納まったままの愛剣――黒刃を、脇の通りの暗闇から抜けてきた襲撃者の鳩尾へ突き出した。
それを引き金にして周囲から一斉に現れるいくつもの気配。
だがそれはフェイントに過ぎず、本命は気配を消している中でも腕利きの者だ。
アルとウォル、そして水狼の二人と一匹はそれを理解しており、理解していながら無視して気配を発している者たちへと攻撃を仕掛ける。
首筋目がけて横薙ぎに振るわれた棍棒をアルはしゃがんで躱し、体を回転させて勢いをつけてから黒ずくめの襲撃者の足を払う。
そして太腿のベルトに仕込んでいた魔道具――『チェシャ猫の牙』へ魔力を通し、十センチほどの針を作り出した。三本ほど指に挟んで抜くと、回転した体の遠心力を使って背後にいた三人の襲撃者へとそれぞれ飛ばす。
針はそれぞれ襲撃者たちの武器を持った手首の筋に命中し、小さく悲鳴を上げて武器を落とす。
もちろんアルがそんな大きな隙を逃すはずもなく、すぐに立ち上がって更に回し蹴りを食らわせる。
三人の襲撃者へ連鎖的にアルの足は命中し、それぞれ急所を突かれて気絶していく。
先ほど足を引っ掛けて転ばせた相手はちょうど地面に背中をついた所だったため、次に向かうついでとばかりに鳩尾を踏みつけて沈黙させた。
彼のすぐ脇では、水狼も本来の姿に戻って襲撃者たちを――主に前足を使って――沈黙させていた。そして当然、ウォルも人間に後れを取るはずがなく、鞘に納まったままの魔剣を縦横無尽に振り回しては敵を地面に沈めていた。
アルは正面にいる襲撃者に向かい、優勢に立っているにも関わらず一切の油断なく、ほぼ一瞬で距離を詰める。
だが、襲撃者は至って落ち着いていた。むしろ、黒いマスクの下で薄らと笑みを浮かべるほどには。
「っ!?」
そして、感情に敏感なアルだからこそ、それに気づいた。
だが、油断していなかったとはいえ、完全に相手の内心を読めるわけでもない。アルでも完璧な存在と言うわけではないのだから。
襲撃者は懐に手を入れていた。もうあと一瞬でゼロ距離になるという時に、だ。
「……ゼロ」
そう襲撃者が呟いた後、アルが気がついた時には彼の体は地面からそれほど離れていない高さの空中にあった。
「アルスレンド様っ!!」
だがその場所は、ウォルや水狼とは離れた場所だった。
アルは目を見開く。
一瞬でも自分を気絶させた襲撃者の攻撃は、微塵も油断できない、あるいは注意すべき対象だと判断し、アルは空中で体勢を整えた後、一瞬で魔力を集中させる。すると、地面で小さく砂塵が舞い、アルの体は空中停止する。
ふわり、と地面へ着地し、休む間もなくすぐにその場を離脱する。と、一瞬前までアルのいた場所の地面から土でできた檻が現れる。
「ちっ、用意周到とはこのことか?」
苛立ちとともに呟かれるアルの言葉。だが檻の製作者にしてみれば、外したのだから意味はないと言いたいだろう。
外していいのだといった気分のアルは、先ほど自分のいた場所へと視線を向ける。
(爆発魔法か。厄介だな。ウォルも水狼も無事、か。俺みたいにゼロ距離じゃなかったから、防御結界でも張ったのか。……にしても、多すぎだろ!)
内心で憎々しげに吐き捨てるアル。
最初に比べてその襲撃者の数が何倍にもなっており、SSランクの魔物である水狼はともかく、さすがのウォルでも体力的な問題で耐えきれなくなってくるだろう。
「まったく……面倒かけさせんじゃ、ねえ!」
再び愚痴をこぼしたアルは、言葉とともに駆け出す。
「ぐっ!」
黒刃を鞘から抜き、魔力を通す。《麻痺》の付与された黒刃は、目の前の襲撃者に傷をつけ、麻痺薬を塗られた刃で攻撃されたかのように襲撃者は地面に倒れた。
「アルスレンド様!」
「戦いに集中しろ!」
「御意!」
短く会話をし、彼らは背中合わせになる。ウォルも魔剣を鞘から抜き、魔力を通した。
自らの心酔する主を傷つけられて――正確には吹き飛ばされて――本気にならない方がおかしいとでも言いたげに。
殺気を放ちつつ、主の指示を待つ。
「……さて、どうするか」
「殺しますか」
「待て、ウォル。情報源は多いほうが良い。まあ、だいたいわかってるんだけどな。ともあれ警備員に引き渡すために多く生かしとけ」
「しかし!」
「気持ちはわかる。……だが、落ち着け。仕返しはまた別の機会に、纏めてな」
その言葉を聞き、ウォルの目が光る。
「わかりました。では、アルスレンド様、その際は是非とも暴れさせていただきたく」
「さらりと物騒なこと言うな」
冗談めいた会話をしながらも、彼らは情報交換をしている。それは会話から読み取るのではなく、念話で。
『何があった?』
『爆発魔法です。懐にあったのは、おそらく《爆弾》。炎属性と物理属性の付与が成されていた模様です』
『やっぱりな。……にしても、物理、か』
『どうされます?』
『迂闊だった。あっちが物理なら、こっちも物理だ』
「御意」
声に出して念話と表向きの会話の両方に返事をすると、アルとウォルはそれぞれ反対方向へ同時に駆け出す。
そして物理属性を使い、二人はそれぞれ攻撃を開始するために魔術を展開する。
アルは雷属性合成形金属タイプ、ウォルは気体タイプで催眠効果のあるものを作り出し、それぞれが百八十度の方向に一斉に放つ。
彼らの魔術制御は的確であり、味方に当たらぬよう、そして影響を与えぬようにしていた。
そして魔力防御が強い者や攻撃の当たらなかった者に対して、二人は直接の攻撃を加えていく。そうして一分もすれば、その場に立っているのはアルとウォル、そして離れた所に水狼となった。
……いや、正確には、道路上には、と言った方が正しいのだろうが。
「……何人いるんだ、これ」
「さあ、数えるのも嫌になりますね」
憂鬱そうにため息を吐く二人。そんな彼らに水狼が歩み寄って行き、再び警戒態勢に入る。
「……疲れたな」
「ですね」
感慨なさげに呟かれた二人の言葉だったが、それは紛れもない事実でもあった。
敵を前にして感情をほとんど表に出してはいけないとわかっているため、彼らから何の感情も感じられないままに、沈黙が広がった。
主な登場人物
○ロイ
ハイエルフ 十歳 男
レイとユウキの息子。ハイエルフの純血で、戦闘力や魔術の才能は著しい。レイと同じく"白の魔術師"に強い憧れを抱いている。




