思わぬ再会
「……風邪? この時期にか?」
「うむ。アルスレンド様は風邪に弱いのだ。……アラン殿、お前があんなことを言うから」
「……世界一にならなくてもいい、か」
アランのその呟きを聞き、ウォルは白夜へと視線を向ける。
彼女はふい、と視線を逸らし、そのまま何も言わない。
「なるほど。わかっているのなら問題はない。ないが……」
キッ、と視線を鋭くし、ウォルはアランを睨みつけた。
「アルスレンド様は、お前たちを信じていらっしゃる。その信頼を裏切ったら、私が許さない」
三人は表情を引き締める。
白夜に言われて、"白の魔術師"に……アルに追いつくと、そう誓ったからだ。
「……あんまり言ってやるな」
「っ!? アルスレンド様!?」
ウォルが驚きを露わにする。
それはそうだろう。アルは普段から気配を放っていない。それは一種の癖のようなもので、眠っている時まで気配が感じられないのだ。
まったく音も発さずに目を覚ましたアルに対し、ウォルは軽く頭を下げた。
「アルスレンド様、お身体の方は……?」
「ああ、良くないね」
さすがにもう誤魔化しても意味はないと割り切ったのか、アルはそっと上半身を起こしながらそう言う。それを見たウォルが、慌ててそれを止めようとする。
「な、なら、まだ寝てないと……」
「いや、そこの少年少女が何かを言いたげにしてるもんだから」
さらりと言ってのけるアル。具合が悪くてまだ辛いだろうに、とも思ったアラン達だったが、言うべきことはすぐに言うべきだと判断して告げる。
「……アル、ごめん。俺、お前が感じていること、全然知らないでいた。世界一にならなくてもいいだなんて、言ってしまって、本当にごめん。白夜の言うとおり、今の俺が言っていいことじゃなかったんだ。だから、改めて頼みたい。俺に、俺たちに、戦い方を教えてくれ。この通りだ」
アランが頭を下げる。
「俺からも、お願いします」
「私からも。戦い方や、冒険者として必要なこと、教えてください!」
アランだけでなく、ルートスやミーシャまでもが頭を下げた。
アルは長い時を生きている人物だ。それも、世界で一番強いとすら言われているほどの。そんな人物が、自分を目指してくれている人に『世界一にならなくてもいいんじゃないか』などと言われたらどう思うか。それを、アラン達はわかっていなかった。
アルは戦士としての意見を聞きたかったので、アランとルートスにしか先ほどは意見を聞かなかった。
だが、今の彼らの目を見ていれば、感情に敏感なアルならばだいたいのことは察することができる。
(……つまり、想いは一緒。世界一のパーティを目指したいわけか。強さだけじゃなくて、友情や絆、パーティ内での、見えないものの世界一。……寿命の短い人族が、ね)
アルからすれば、人間の寿命はほんの数秒どころではない。そんな時間の中で、自分から何を教えられるのか。何を学ばせることができるか。
答えは簡単だ。
アラン達が自分たちで感じ、学び、気になった言葉全部自分で考え、答えが出なければ調べ、それでも出なかったらアルに聞く。そう言った循環を、アルは望んでいた。
人は他人を見て成長する生き物だ。
他人から見て学び、真似して、あるいは参考にして実践する。そういった繰り返しの下、人が人を越えていくということが初めて可能になる。
それを、アラン達に実践してほしい。
そう、アルは思ったのだ。
「良いだろう」
短い、その一言。
そこに何を感じたのか、アラン達は頭を上げ、アルの顔を見る。
「お前たちがこれから何を見て、何を学ぶかは、お前たち次第だ。俺はカル村を、お前たちの故郷を、世界的に有名な冒険者たちの出身地にすると決めたからな。だから、ぜひ頑張ってもらいたい」
『……はい!』
そうして三人は、世界で唯一のSSランク冒険者を師匠とするべく、勢いよく返事をするのだった。
*
「アルスレンド様、まだお休みになってください」
「そろそろ黙れ、ウォル。大丈夫だから、気にするな」
「し、しかし……」
「……あのな、これでも俺は純血なんだぞ? いくら風邪には弱いとはいえ、もう治ってから二日も経ってるんだ。体を動かさないと、逆に良くないってことお前もわかってるだろ?」
言葉を濁すアルだったが、ウォルには彼が何のことを言っているのかすぐに理解し、少し不服ながらも頭を軽く下げた。
「……はっ、失礼いたしました」
「……まだ納得してないって顔なんだけど」
「当然です」
アルの言葉にはっきりと即答したウォルの顔は、真顔だった。
「はあ……どうせ今日はルートスとミーシャが昇格試験でいないんだし、アランは極夜とどっかに行ってしまうし、暇なんだから仕方ないだろう。……ルミナやゼロ達がいてくれたら、な」
今は遠くにいる家族の名を、しみじみと呟くアル。
「……アルスレンド様、たまには、ごゆるりと休まれるのはいかがですか?」
「そうだな、いつか、アラン達をあの家に招いてもいい日が来たら、だな」
アルはそう呟いた後、何となしに空を見上げるのだった。
『アラン、ルートス達は順調なようだぞ』
都の広場にあるベンチに座っているアランの肩に載った極夜が、ルートスとミーシャの試験について行った白夜からの連絡を受けてアランへと話しかけた。
「そうか。あの二人も頑張ってるよな。アルにちょっとアドバイスもらっただけで、もう俺に追いつこうとしてる」
『お主も負けておらんだろうに。もっと依頼の数をこなせば、すぐにでもCランクに昇格するだろう』
「本当か?」
『我をなんだと思っておる! 嘘など言わぬわ!』
小さな羽をパタパタと羽ばたかせ、苛立ちを露わに叫ぶ。
「……極夜?」
ふと、小さな声が聞こえてくる。
『む? この声は……』
当然、極夜の聴力は人よりもかなり優れている。昼間の喧騒の中でも小さな声を拾い上げ、そして呟いた。
「……? どうした?」
「……って、あんたアランじゃない! なんでここにいるのよ!?」
聞き覚えのある声に、アランも反応する。
はっとして正面を見れば、そこにいたのは紺色の長髪を項で纏めた、若い剣士の女。
「あ、アリュスフィアさん!?」
Sランクパーティ、『皓月千里』のメンバーにして、リーダーであるアルファの妹、アリュスフィア。
約一年前、カル村に訪れた『皓月千里』のリーダーアルファに気に入られ、十日ほど一緒に過ごしたパーティだ。
アリュスフィアは買い物をしたのか、食材の入った紙袋を抱えており、周囲を見回してアランに近づき、訊ねた。
「久しぶりね。……ミーシャやルートスは?」
「あ、ああ、今日はDランクに昇格するためにギルドの試験に行ってて……」
「ふーん。じゃあ、その肩にいる雷鳥は?」
「え、あー、えーっと……」
まさか"白の魔術師"の従魔です、などとは言えないアラン。
この時、一年前に、父親のファランとアルファ……正確にはレイとの会話で"白の魔術師"……アルと何らかの関係があるということはなんとなく察したのだが、今は何故かそれをすっかりそれを忘れていた。それ故に何とか誤魔化そうと言葉を探すアランだったが、そんなアランの葛藤など全く無視した極夜はというと……
『久しいのぅ、アリュスフィア』
あっさりと喋ってしまったのだ。
「なっ、極夜!?」
「あら、やっぱり極夜だったのね。久しぶり。あなたがここにいるってことは彼も?」
『うむ。今は水狼の奴とどこかを歩き回っておるわ』
「え? ……ええ?」
自分を置いてテンポよく会話する二人を交互に見ながら混乱するアラン。そんな彼を見て、アルスフィアは小さく笑う。
「何? 極夜のことをうまく誤魔化そうとしてたのかしら?」
「え? あ、は、はい。……すいません」
「ふふっ、可愛いわね。あ、どうせならお兄ちゃんたちに会って行かない? たぶん、驚くわよ? 色んな意味で」
「は? 色んな意味?」
最後の彼女の言葉に疑問を持ったアランだったが、小さく笑ったアリュスフィアは答えてくれなそうだと判断し、ついて行くことにする。
普通なら知らない大人に子供……あるいは若者がついて行ってはいけないのだろうが、生憎と、もしくは幸いにも、アランも極夜も彼女を知っていた。
Sランク冒険者であるというのも信頼に値するのだから、確実に安全であることは極夜が太鼓判を押している。
「ここよ」
そうして辿り着いた彼女の宿は、それなりに高そうな宿だった。
「……あれ? ここって……」
見覚えのある場所に、アランは疑問符を浮かべながら周囲を見回す。
「ああ、そうか。ここは俺たちの泊まっている宿の近くなのか」
いずれにしても、今彼らがいるのは高級宿の集合地区だ。宿自体は違っても同じ高級の宿に泊まっているなら、アラン達の泊まっている宿が近くにあってもおかしくはなかった。
「あら、そうなの? ……まあ、極夜がいるんだし、そういう意味では当然ね」
「は?」
なぜ極夜がいるから、なのか。
確かに極夜はアルの……世界で唯一のSSランク冒険者の従魔だ。それがアランと一緒にいるのだから、アルがアラン達の宿代を払っていてもおかしくはない。
だが、それがわかったということは……と。
「アリュスフィアさん、もしかして……」
「しっ、今は……ね?」
アリュスフィアはアランを振り返り、その言葉を止める。
アランはうなずき、彼女の後ろをついて行くのだった。
「そう言えば、アリュスフィアさんたちは、いつここに?」
「ついさっきよ。お昼を食べた後、私が買い物をしてきたの。その帰りに、あなたたちに遭遇したってわけ。偶然ね、偶然」
アリュスフィアは項で纏められた髪をひらひらと振りながらそう言う。アランも、そんな長髪の動きが面白くてしばらくそれを眺めながら歩いていると、不意にその動きは止まる。
「ここよ。さ、入って」
「お、お邪魔します」
扉を開けながらそう言ったアリュスフィアにうなずきながら、アランは宿の部屋の中に入って行く。
「……あれ? アラン君?」
「ゆ、ユウキさん。お久しぶりです」
アリュスフィアがいたのだから、他のパーティメンバーがいてもおかしくないとわかっていたアランは、特に驚きもないまま軽く頭を下げる。
「……アラン君、その、肩の鷲は……」
『ぬっ! 我を鷲と一緒にするでないと何度言えばわかるのだ!』
「あはは、やっぱり極夜だ。久しぶり」
ユウキは嬉しそうに笑みを浮かべながら極夜の頭を撫でる。
『ぬぅ……仕方ないの。これで許してやるわ』
「ふふっ、ありがとう」
ユウキは相変わらず笑みを浮かべている。
顔立ちの整った女性二人の中に男である自分が一人という妙に居心地の悪い気分を味わっていると、不意にユウキが話しかけてくる。
「それで、極夜がいるってことは……彼もいるんだね?」
「あ、ああ。アルなら、どこかで……」
アランがそう答えると、ユウキが優しげな笑みを浮かべる。
「そっか、まさかアルさんがアラン君達をここまで連れてくるなんて……ちょっとびっくりだね、フィア」
「ええ、昔はあんなに人見知りしてたのに。……にしても、無事だったのね、良かった」
紙袋を机に置いてきたアリュスフィアが、心底安堵したように息を吐く。
「……組織のこと、ですか?」
アランが呟くと、二人が驚いたように軽く目を見開く。
「話したの? アルってば、追われてるってこと?」
「あ、はい。あと、種族のことも……」
「……種族って、どの辺まで?」
周囲に誰も自分たちの会話を聞いている者がいないことを確認しながら、ユウキが尋ねる。
「え? ……アリュスフィアさんたちは、逆にどこまで知ってるんですか?」
『ほとんど話しておったわ。"才を持つ子"であること、"片目"であること、それから、人魚族の血を引いておること。そしてその血筋を狙って主を追い回す組織のことを、の』
アランが若干の警戒を含んでアリュスフィア達に尋ねたが、アルの秘密をすべて知っている、そしてアルが誰にどこまで話をしたのか把握している極夜が代わりに答えた。
「……そう。なら、心配はいらないわね」
アリュスフィアも警戒を解き、腕を伸ばして背伸びをした。
「そこまで知っているのなら、アルさんには信頼されてるんですね」
ユウキも、息を吐きながらそう言う。
「座って。今お茶を出すから。お兄ちゃんとレイってば、二人で簡単な依頼に出ちゃったのよ。たぶん、夕方までは帰ってこないと思うから、ここでゆっくりしてて」
「あ、はい。ありがとうございます」
アランは部屋の中にあるソファに腰かけ、周りを見回す。
都に来て数日。
アルやウォルといった存在が一緒にいてくれたからこそ、迷わずここまで来れた。もちろん、あの二人にはとても感謝したい。
だが、やはり田舎育ちでは都会にはなかなか慣れないといった問題もまだ残っている。十五年間田舎で育ってきたアラン達にとって、たった数日で都会に慣れろという方が難しい。
だから、数日間高級宿に泊まっていたとは言っても、慣れないものは慣れない。
「それで……アラン達はどういう風の吹き回しでアルに会ったのよ?」
「え? ああ、それは……」
アランは、茶を持ってきたアリュスフィアに話しかけられて、アルに出会ってからここまでの経緯を話した。
アリュスフィアとユウキは最後まで黙って聞き、アランが話し終わると、二人はため息を吐く。
「……なるほど。アラン達に拾われなかったら結局無事じゃなかったのね。だから私たちも一緒にいた方が良いって……いや、あの人の気遣い、か」
「そうだね。ボク達がいたら、逆に邪魔に……なってしまうのかな」
しみじみと呟かれる二人の言葉。
だが、アランはそんな二人を眺めながら、何故? と思ってしまう。
「……何で、邪魔になるんですか? 逆に、まだ未熟な俺たちがいる方が……って、俺は思うんですけど」
アランが純粋な疑問をぶつけると、アリュスフィアとユウキは少し呆れたようにため息を吐く。
「……あのね。私達はこれでも長命種族なの。私は然濃族、ユウキはハイヒューマン、どっちも身体能力がとても……そう、とても高いの。自慢じゃないけどね。あなたたちはなんでアルが狙われてるのか、聞いたでしょ? アルは男、そして私たちは女」
「……あ」
アリュスフィアは口にしないが、わずかに頬を赤らめているのを見れば明らかだ。そして、ユウキも。
「……一緒にいたら、すぐにボク達の種族もばれる。そうなったら、その……」
「あの、大丈夫です、察してます」
アランもそっと視線を逸らし、しっかりと理解したということを言葉で示す。
「そ、わかったならいいわ。とにかく、そういうことだから、私達はアルのお役にはあまり立てないの。……不服だけどね」
どうせアルのような強力な人物を使うなら、もっと強力にしたいと思うのは当然だ。
アルの中には混ざっていない、然濃族やハイヒューマンの血を混ぜたら、いったいどんなに強力な戦力になるのか。
つまりは、そういうことである。
『人の交尾に興味はないが、それで主が利用されるのは気分が良くないの。面白くもないの。不愉快だの』
「ちょっと! さらりと恥ずかしいこと言わないでよ!」
極夜の言葉にアリュスフィアが爆発する。ユウキもその隣で、耳まで真っ赤にしながらうつむいている。
アランも、なんとなく居心地が悪くなる。だがその時、タイミングよく扉が開かれた。
「何だか騒がしいけど、誰かいるのか?」
入ってきたのは……アルファだった。
「あれ? お兄ちゃん? 依頼に行ってたんじゃ……」
ずいぶんと早かったじゃない、と言外に告げるアリュスフィアの顔は、まだ赤いままだ。当然、先ほどまでの会話を聞いていないアルファが首を傾げるのはおかしくなかった。
そして、同じく顔を真っ赤にしてうつむいているユウキを目に留め、最後にその向かいに座っている人物へと視線を向けてはっとして、その人物の名を告げようとすると……
「あ……」
「お兄ちゃんの馬鹿!! なんでノックもなしに入ってくるのよ!!」
パァン! と響の良い音が部屋に鳴り響く。
「いって!?」
アリュスフィアの完全な八つ当たりを食らった兄は、慌てて部屋から出ていくのだった。




