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⑤鬼


 鬼ヶ島から最も近い村に辿り着く。

 海岸から鬼ヶ島までは一里半ほどだ。泳いで渡れないことも無いが、体力の消耗を避けるため、村人と交渉して小船を一(せき)借り受けた。 


「ざっと見てきた感じ、島に鬼は百人ほどね」


 鬼ヶ島の偵察から戻った雉が言う。

「けれどそれは女子供も入れた数よ。それを抜いたら、戦力としては四十人ほどかしら」

「鬼が四十人も……」

 負ける気は無かったが、かなり骨が折れそうな数字だった。

 けれどそれと同時に、鬼はたった百人しかいないのかとも思った。鬼は鬼ヶ島に集まって生活をしているのだ。ひとつの村あたりの人数と比べると、それはかなり少ない数字だった。

「どうした、義兄弟(きょうだい)?」

「何でもない。どうせやることは変わらねぇんだ」

 俺は犬にそう答えると、海岸に留めてある小船に乗り込む。

「いくぞ、決戦だ」

 犬、猿、雉は力強く頷いた。

 (かい)()いで波を越え、鬼ヶ島へ少しずつ近づいていく。

 手が震える。

 この日を七年待った。この戦いのために七年間、鍛えてきたのだ。

 恐怖もある。けれどそれ以上に、育ててくれた爺さんや婆さん、村の人たちへの恩返しができると思うと、それは心躍るものがあった。

「太郎。ひとつ聞いて良いかしら?」

「どうした、雉?」

「今さらこんなことを問うのもどうかと思うのだけれど……あんたは、あの鬼達は皆殺しにするつもりなのかしら?」

「必要とあらば、な」

「そう……もしそれで心が痛むようなら、それ以外の選択肢も探しなさい。あんたが刀を取って立ち上がったのは、殺すためじゃなくて守るためだって事を忘れちゃ駄目よ」

 雉の真剣な目に、俺は頷いた。



 船が岸に着くと、俺達は鬼ヶ島に降り立つ。

 岸にこそ砂が積もっているものの、そこから数歩先には剥きだしの岩肌が広がっていた。

「ここが鬼ヶ島か……」

 そこは本当に何も無い場所だった。

 草木一本生えていない。動物もいない。家が建っている様子も無く、代わりに洞窟のようなものがいくつか見えた。そこで雨風を(しの)いでいるのだろう。

 岩と岩の間にできた細い道を奥に進むと、そこには鬼達が集まって食事をし、談笑している。雉の言っていた通り、女や子供の鬼もそこにはいた。

 俺達は岩の陰から様子を伺っていたが、上から足音のようなものが聞こえて、俺達は顔を上げる。

 岩の上には、赤い皮膚をし、頭に一対の角を生やした大鬼が一人。

 こちらが鬼の存在に気付くのと、鬼がこちらに気付くのはほぼ同時だった。


「人間がきたぞぉぉっ!」


 大鬼が叫ぶと、鬼達は驚いたような顔をしていた。

 女の鬼は子鬼の手を引いて洞窟へ駆け込み、男の鬼達は棍棒や岩、鶴嘴(つるはし)などを持って、大鬼のもとへ集まってくる。

 そして大鬼は仲間から一際大きな金棒を受け取ると、岩の上からこちらへ飛び掛ってきた。

 着地と同時に、金棒が横薙ぎに振り抜かれる。

 俺は咄嗟に背後に跳んでそれを避ける。

 大きな音が反響して響き、見ると金棒を打ちつけられた岩はその表面が抉れて大きく(ひび)が入っていた。

 一撃でも喰らうとまずい。岩に囲まれた細い道では不利だと判断し、俺は犬達に海岸まで走るよう言う。

 岩の道を抜けると同時、俺は嫌な予感がして、自分の背後で刀を振った。

 金属と金属が衝突する甲高い音が響いた。やはり大鬼が追いついてきていたようだ。

 さすがに力勝負では勝てず、俺は海岸の砂の上に転がる。すぐに立ち上がると、大きく俺は横に跳ぶ。俺がいた場所に金棒が振り下ろされ、しかしその隙を突いて俺は刀を振った。

 しかしその刀が大鬼に届くことはなかった。

 別の鬼が俺と大鬼の間に割り込んで、棍棒で俺の刀を防いだのだ。

 直後、俺の背後に更に別の鬼が二人、鶴嘴(つるはし)を振り上げて襲いかかってくる。


「「義兄弟(きょうだい)っ!」」


 背後の鬼を迎え撃ったのは、犬と猿だった。

 犬は大きな口を開けると、その牙で鬼の右腕を噛み付き、鶴嘴をその手から落とさせる。

 猿はその鋭い爪を振りかぶると、鬼の顔を思い切り引っ掻いた。

義兄弟(きょうだい)はその大鬼に集中しろ!」

「せや。他の三下(さんした)はウチらに任せぇや!」

「済まない、助かる!」

 実際、俺自信の方も油断ができない状態だった。棍棒で俺の刀を受け止めている鬼の後ろで、大鬼が再び金棒を振り上げているのだ。

 俺は足に力を踏ん張ると、棍棒を持った鬼を思い切り押し飛ばす。

 次の瞬間、大鬼の金棒が振り下ろされる。

 俺は刀の刀背(みね)に左手を添えて、大鬼の渾身の一撃を受け止める。大鬼が更に力を込めた瞬間に力を受け流して逃がし、大鬼の肩口に一閃。左肩を切り裂いた。


「やってくれたな、人間っ!」

「『人間』じゃねぇ、太郎だ!」


 大鬼が立ち上がると、俺達は対峙する。

 周囲から狙いを済ました鬼達が俺に襲い掛かってくるが、上空から急降下してきた雉の(くちばし)と爪とで(ことごと)くが防がれる。

「あたしを忘れてもらっちゃ困るわよね。太郎には指一本触れさせないよっ!」

 雉は鬼達の視界を撹乱(かくらん)しながら飛び回って加速を続け、変幻自在に襲い掛かっている。


 俺は大鬼に斬りかかり、大鬼がそれを防ぐと同時に反撃。金棒を受け流しながら俺は鬼の背後に回ると刀を振り下ろし、しかし鬼の金棒で弾かれる。

 こうして戦っているうちに、ふと大鬼が、牙の生え並んだ大きな口を開く。


「おい、太郎。貴様、目的は何だ? 名誉か? それとも金で雇われたか?」

「違う! 俺はお前達が今年搾取しに来るはずの村に住んでいる。だから俺はお前達を退治しに来たんだ!」

「村のために俺達を倒すだと?」

 俺は刀を(ふる)い、しかし幾度も金棒に阻まれる。まだ刀が届いたのは左肩への一回だけだ。けれど攻撃の手を休めるわけにはいかない。金棒で攻撃を許せば、こちらは例え防いだとしてもあの豪力(ごうりき)で弾き飛ばされてしまうからだ。

 そう、分かっていたはずなのに……


「ふざけるなぁぁぁぁぁっ!」


 大鬼が叫ぶ。

 自分でも一瞬、隙ができてしまったのが分かった。

 大きく振られた金棒を刀で防ぎ、しかしそのまま後ろへ大きく弾き飛ばされる。

 俺は体勢を空中で立て直し、着地と同時に刀を構える。

 だが、鬼の攻撃が来ることはなかった。

「太郎。貴様は俺達がどうしてこんな場所に住んでいるか知っているのか?」

 大鬼の目には、僅かに涙が浮かんでいるように見えた。

「今から三百年前、俺達は陸から追い出された。貴様ら人間によってだ! 一人の鬼を十人で殴り、十人の鬼を百人で攻め立て、俺達の子供を(さら)って迫害し、女を殺して見せしめにした! 頭に角があるという理由だけで! 肌が赤いというだけで、全て貴様らが我々にしてきたことだ!」

 そこには激しい怒りと悲しみがあった。

 種族も顔の作りも違うはずの鬼の気持ちが、俺だけには響いてくる。胸を締め付けられるような思いだった。

「俺達は住処を焼かれ、土地を奪われ、こんな海に浮かぶ岩の上に逃げ延びるしかなかった。ここだけが俺達の居場所だ。貴様ら人間と同じになりたくなくて、人を殺してはいけないという鉄の掟も作った。三百年間、一度たりともその掟を破った者はいない! それなのに、まだ俺達から奪おうというのか! これ以上、俺達から何を奪おうというのだっ! ここまでのことを俺達にしておいて、たった七年に一度、貴様らの食料を奪いに行くことの何が悪いっ!」

 それは人間の誰よりも強いはずの大鬼の、心からの叫びだった。

 大鬼は俺を睨むと、岩肌の上を大股で駆けてくる。

 振られた金棒を咄嗟に俺は刀で受け止め、足を踏ん張り、しかし次の瞬間、刀身が僅かに歪んだのを見た。

 大鬼が金棒を押し、俺がそれを踏ん張って押し返す。

 涙に濡れ、怒りの(あふ)れ出す鬼の顔が、すぐ目の前にあった。

「貴様には、分かって欲しかった」

 均衡が続く中、やがてまた鬼が言う。

「犬と心を交わし、猿と互いに尊敬し、雉と信頼し合うお前には、分かって欲しかった。動物とは認め合えても、我ら鬼とは出来ぬか、太郎よ……」

「――――――っ、」


 ふと、船の上での雉の言葉を思い出す。

 そうだ。俺は退治しに来たのではなくて、守るために来たのだったな。


 俺は刀を持つ手首を捻ると、大鬼の金棒を斜め下へと払い除ける。小さく身を(ひるがえ)すと同時、曲がった刀の切っ先を大鬼の首元に突きつける。

 本当ならば大鬼の首をそのまま落とせたはずの隙。

 俺はあえてそこで刀を止めて、そして言った。


手打(てう)ちだ」


 俺の言葉に、犬も、猿も、雉も、男の鬼たちも、一斉にこちらを振り向く。

「お前達、百人全員が住める土地を用意しよう。俺の村の更に奥に、まだ拓かれていない土地があるから、そこを使うといい。七つの村の住民にも話をつけよう。俺が村長に声を掛けて回るから、話し合いの場には大鬼、お前も出席してくれ」

「それで、今までと何か変わるのか? 三百年前と何か変わるのか?」

「何もしなければ変わらない。だから俺とお前で変えるんだ。道中で、盗賊の財宝を偶然にも手に入れた。かなりの額だ。これを鬼達から、お近づきの印と言うことで七つに分けてそれぞれの村に配ろう。それから大鬼、お前からそれぞれの村長宛に手紙を書いて欲しい。それで気持ちが伝われば、そこから先は俺達次第だ」

 常識的に考えれば、馬鹿げている話だとは思う。

 けれど本当に馬鹿げているのは、その『常識』の方なのだ。

 それを壊すには、生半可な覚悟ではいられないだろう。

 俺は、それをやり遂げると決めた。

 だから俺は大鬼に、そして聞いている鬼達全員に問う。


「ここはひとつ、俺に託しちゃくれねぇか?」


 見ると、鬼達全員が大きく頭を下げていた。

 大鬼は涙を拭うと、それから顔を上げる。

「太郎。お前は『お前達』ではなく、『俺達』と言ってくれた。もう人里から食料は奪わぬ。鉄の掟をこれからも守り続け、人間に迷惑をかけぬよう生活することを誓おう。だから、太郎……これからよろしく頼む!」

「おう。こっからが正念場だな」

 俺と大鬼は手を握り、互いに笑い合った。



「こんな人間もいたんだな……」

 ぽつりと、一人の鬼が言った。

「いや。これが人間だ」

 そう答えたのは犬だった。

「人間とは本来、優しい生き物だ。けれども悲しみに脆く、恐怖に弱い。病気や災いさえ、鬼のせいだと言い聞かせないと夜も眠れないほどにな。けれどきちんと強い奴が弱い奴を守って、支えてやれれば、そうはならねぇ。お前達一人ひとり……いや、俺達一人ひとりが、大鬼の夢のために、人肌脱ごうじゃねぇか」

「俺達鬼は分かるけどよ、犬猿雉であるお前達は人間でもない。どうしてお前たちまで協力してくれるんだ?」

「んなモン、当たり()ぇじゃねぇか」

 そう言ったのは猿だった。

「それが、渡世(とせい)仁義(じんぎ)ちゅうもんだからや。誰かを助けるだの手伝うだのに、それ以上の理由なんか()らへんねや」

 

 犬と猿の奴ら、頼もしいこと言ってくれるじゃねぇか。


「これからが大変ね」

 雉が俺の肩に留まって言う。 

「相手は人間よ。鬼退治よりもよほど大変なことになるわ」

「いいや」

 俺は首を横に振る。

「大丈夫だよ。こんなに仲間が出来た。一人で鬼退治に行こうとしていたことを思えば、よっぽど気が楽さ」

「じゃぁあたしも微力ながら、もう暫くは手伝わせていただきますね」

「ああ、宜しく頼む」



 俺が旅から戻ると、村の仲間は俺達を歓迎してくれた。

 爺さんと婆さんは俺の帰りを喜んでくれて、旅の話をすると更に喜んで褒めてくれた。

 やはり俺の選んだ道は、間違っていなかったんだ。


 鬼退治の旅から持ち帰ったのは、金銀財宝と、大鬼からの七通の手紙だった。

 村長を集めての話し合いでは、議題は難航しつつも、大鬼の熱意と涙に心動かされて、七人全員が首を縦に振ってくれた。

 未開の土地を切り拓き、熱心に畑を耕す鬼達を見て、次第に人々の鬼に対する気持ちは変わっていった。自然とそれぞれの村から作物の種が集まり、また、建物の作り方を教えて欲しいと鬼が頼むと、何人もの人が鬼の村へ教えに行くほどにもなった。


 八つの村の住民は、互いに支え合って、いつまでも平和に暮らすことだろう。

 だからもしもこれが物語りなのならば、最後はこの言葉で締め括られるはずだ。


 めでたしめでたし、と。


最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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