④雉
再び街道に戻り、俺は犬と猿と共に鬼ヶ島を目指して進む。
しかし幾許も歩かないうちに、再び俺達は足を止めることになる。
「こんにちは。あなたたち、面白いことをしようとしているのね」
それはとても美しい声だった。
俺が声のした方を振り向くと、そこにはその声以上に美しい姿をした、一羽の雉が枝に留まっていたのだ。
首筋は青玉のように澄んだ青をしていて、胸から翼の根元にかけては翡翠のような緑色。整った羽毛は陽の光を浴びて輝き、それは誰もが目を奪われるほどだった。
「見ていたのか?」
「ええ」
雉は頷くと、枝から降りて俺の前に立つ。
「ごめんなさい。悪いとは思ったのだけれど、どうしても気になってしまったの。そうね……見惚れてしまったのよ」
「構わない。それで一体、俺達に何の用だ?」
「よかったら、あたしにも鬼退治のお手伝いをさせていただけないかしら。そちらの勇ましい犬さんや、屈強そうな猿さんほど役には立てないかもしれないけれど、それでも力になりたいのよ」
「それは願っても無いことだ。宜しく頼む」
「こちらこそ。宜しくお願いしますね」
そう言うと雉はその大きな翼を羽ばたかせて飛び、そして俺の肩に留まった。
しかし雉のその行動に猿が顔を赤くして怒る。
「おい、雌鳥。何、義兄弟の肩に足を下ろしてんねや!」
「あら、まずかったかしら?」
怒る猿と首を傾げる雉に「俺は別に構わねぇよ」と言うが、それに「いや、猿の言うとおりだ」と反発したのは犬だった。
「それから雉、俺達は道楽で旅をしているわけじゃねぇんだ。遊びのつもりだったら殺すぞ?」
「はいはい、分かったわよ」
雉は再び翼を広げると、その大きな羽で羽ばたく。
そしてそのとき何かが見たのか、「……あら?」と雉が呟いた。
「どうした?」
「あれは……盗賊ね。もうすぐ鉢合わせするわ。木に隠れて見えないからはっきりとは分からないけれど、人数は十五人ぐらいかしら」
「十六人だ」犬が言う。「よく嗅げば、匂いの数で分かる。長いこと森に隠れてたのか、人間らしい匂いが薄くなってて気付くのが遅くなった。済まねぇ義兄弟」
「大丈夫さ」
俺は腰に差した刀に手を掛ける。
それからすぐに、盗賊達が下品な笑い声をしながら街道に立ち塞がる。
「おうおう、ここいらにしちゃ綺麗な格好しやがって。刀も持ってるじゃねぇか。いい鴨だ! 俺達はツイてるぜ。なぁ野郎共っ!」
「「おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」
「ってわけだ、お坊ちゃん。痛い目見る前に、身ぐるみ全部置いていきな。今日の俺は気分が良いから、命だけは見逃してやるよ。今日の俺は最っ高に優しいだろぉ?」
「「お頭ぁぁぁぁっ!」」
声を上げる盗賊達は、全員がその手に棒やら短刀やらを持っている。
盗賊が何か言っているが、ついていたのは俺のほうだ。
鬼ヶ島に着く前の肩慣らしができるのだから。
「手出しはいらない。俺一人で十分だ」
俺は犬と猿、そして雉に向けて言い放つ。
「人数が人数だ。義兄弟一人に任せるわけにはいかねぇよ」
「ワシも加勢すんで。相手は盗賊、真っ当な戦い方なんぞするはずないんや」
犬と猿はそれでも戦うと聞かなかった。
確かに十六人を相手になんて戦ったことはない。
それでもこれから目指す場所を考えたら、こんなところでてこずっている訳には行かないのだ。
そして俺が再び、犬と猿に振り返ったときだった。
「ああもう、ガタガタうっさいわね!」
そう言ったのは雉だった。
「あんたら、これから何と戦おうとしてんのよ。鬼でしょ? 鬼を退治するんでしょ? あんたらがそんな状態で、太郎は誰に背中を預けろって言うのよ! 自分の義兄弟も信じられないようだったら、いっそ男なんか辞めちまいな!」
犬も猿も、言い返す言葉は無かった。
「それに、大丈夫よ。あんたらがどう思ってるかわかんないけど、太郎は相当やるわよ。しっかりと見ていなさいな」
まったく。そこまで言われてしまったからには、気合を入れないとな。
俺は鞘から刀を抜くと、それを正面に構えた。
鬼を退治すると決めてから、三軒隣のおじちゃんから剣術を教わってきた。
毎日のように身体を鍛錬をし、時間があれば林に隠れて木の枝を振ってきた。
七年前に見た鬼の動きは、すべてがこの脳裏に染み付いている。
それを倒せるように年月を費やして、今俺はここにいるのだ。
だから今さらただの人間なんかに、遅れを取るわけが無かった。
最初に襲い来る斬撃を三つまとめて刀で払い、同時に左から来る盗賊の手を蹴って刀を弾き飛ばす。背後に回りこんでいた二人を肘打ちと裏拳で倒し、正面の敵は刀の峰を首筋に叩きつけて立ち上がれないようにする。横薙ぎの斬撃がきたので屈んでかわし、仕返しにそのまま足払いをして浮いた相手を地面に叩きつけた。さらに一人、眉間に拳を叩き込むと、その男が尻餅をついて倒れる。
俺はほとんど無傷のまま、盗賊の数は半分になっていた。
まだ立っている盗賊達は互いに顔を見合わせる。
もはや連中の士気はほとんど残っていなかった。
そして盗賊のうち一人が、こちらに背を向けて逃げ出そうとする。
「おい、仲間置いてってんじゃねぇよ。テメェは殺すぞ?」
「し、失礼しましたぁっ!」
盗賊達は何故か俺に頭を下げると、仲間を担いで去っていった。
そして彼らが去ったあとには、金銀財宝が乗った荷車が残されていた。
「あらまぁ。盗賊達も災難だったわね」
雉が荷車に留まって、財宝を見ながら言う。
「なんだ、俺が悪いみたいじゃねぇか」
「あら失礼、そんなつもりじゃないの。これは盗賊達の自業自得よ。これだけ財宝を手にして、調子に乗っていたのね」
「まったくだ」
この財宝に比べたら、刀一本なんて大した足しにもならないだろうに。
「それにしても太郎。盗賊十六人を一人で倒しちゃうなんて、ちょっとした武勇伝じゃないの。格好良かったわよ」
「別に。俺の狙いは鬼だ。人間相手のいざこざなんて、話して聞かせるほどのもんじゃねぇよ」
財宝はここに置いていこうかとも思ったが、雉が「何かに使えるかもしれないから」と言ったので、荷車ごと持って行くことにする。
そしてそろそろ再び出発しようかと、俺が猿と犬に振り返ると、
「「姐さんっ!」」
猿と犬が雉に向かって頭を下げていた。
「ワシ、感服しやした。姐さんと呼ばせてください!」
「義兄弟! 姐さんにも団子を卸してやってくれ! 俺ぁ姐さんと肩を並べて戦いてぇんだ!」
こいつら本当は仲がいいのではないだろうか?
雉に聞くと、「あたしもいいのかい? 嬉しいわ。喜んで頂戴いたします」と雉が俺に頭を下げた。
半分に割った黍団子を俺と雉とで分けて食べ、義兄弟の契りを交わす。
鬼ヶ島への道は、残り僅かだった。
ちなみに……
「あかん。ワシ、姐さんに惚れてしまったかもしれん。ああいうタイプに弱いんや」
「ああ、いい女だ。妻に出会っていなかったら、俺も自分のものにしたいと思っていただろうな」
そう猿と犬が話しているのを、俺はふと耳にする。
雉は色が鮮やかな方が雄なのだということを、俺はどうしても言い出すことができなかった。