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②犬


 街道を半日ほど歩き、もうすぐ日が暮れるかというときだった。

 俺は茂みから視線を感じ、立ち止まる。


 道の両脇は木々が茂っていて、奥のほうは暗くて見えない。

 それでもそこに何かいるのは感じていた。

 ガサガサと草が音を立てる。俺は刀に手を掛けると、迎え討つ体制を取る。それでも目にも留まらぬ速さで駆け抜け、跳びかかって来たそれに、俺は驚く。

 咄嗟に飛び退き回避するが、林の奥から来たそれは、着地と同時に再びこちらへ駆ける。

 鋭い牙。

 開かれたその口が俺の腕に噛み付こうとする。刀を抜くのは間に合わない。

 だから俺は、襲い掛かるそれの側頭を鞘で横薙ぎに殴りつけた。


「キャンッ――」


 声を漏らして、それは地面に倒れる。

 それは、白い毛並みをした、狼のように大きな犬だった。

 だがそれと相反するように、足も身体も細く痩せていて、その顔も酷く疲れているように見えた。


 俺は鞘から刀を抜いて、犬に歩み寄る。

 犬は立ち上がろうとしているが、足に力が入らないようだった。何度も身体を持ち上げるのに失敗し、しかしそれでもこちらを睨む目は鋭いままだった。もうこちらへ噛み付くどころか、歩くことさえ難しいようだ。


「もういい。捕って食ったりしねぇから」

 俺が刀を腰に戻すと、ようやく犬は大人しくなった。

「どうしたんだ。腹でも減ってんのか?」

「はっ、何良い人ぶってやがる。どうせ犬の言葉なんぞ分からねぇくせに。馬鹿じゃねぇのか?」

「馬鹿とは、言ってくれるな犬コロ」

「なっ……」

 犬が驚いたような顔をしている。

 まぁ動物がいきなり人間の言葉を話したら、人間も同じような顔をするのだろう。

 けれど幼い頃から、俺にはこれが普通だった。

 果実から生まれたことが関係しているのか、それともただ単にそういう人間として生まれたのかは定かではない。全ての動物の言葉が分かるわけではないが、幾度となく人間の言葉を話す動物とは出会ってきた。俺にとっては、この犬コロもその内の一匹だったというだけだ。

「まぁ色々あってな、時々動物の言葉が分かるんだ」

 どう説明していいか迷って、俺は犬にそれだけ伝えることにした。

「で、犬コロ。どうだ、腹減ってんのか?」

 犬は俺を値踏みするようにじっと眺め、それからゆっくりと口を開いた。


「俺はどうでも良い。その握り飯をひとつ、いや、半分でも良い。分けてもらいたい」

 それから犬はこう付け加えた。

「妻が、もう三日も食い物を口にしてねぇんだ」


「わかった」

 犬が立ち上がれるようになるのを待って、それから俺は犬に案内されて林の奥へと入る。

 木の根元には雨風を凌げる巣穴のような場所があり、その中には茶色い雌の犬がいた。おそらくこれが、犬の言っていた『妻』なのだろう。

「妻は今、ちっとばっかし体調を崩しててな。そんなときに俺がヘマしちまってよ。そんでこの有様だ」

「そうだったのか……」

 俺は握り飯をひとつ取ると、それを小さく割って口元へ差し出す。雌犬は口を開いてそれを咀嚼(そしゃく)すると、「ありがとうございます」と小さな声で言った。

「残りはあんたが食べておくれ」

 雌犬が夫に言う。雄犬は少し迷ったのち、おにぎりの残り半分を口に運んだ。それから雄犬は巣穴の前で身体を伏せる。

「俺は少し休んで、体力を回復させたらまた狩りに出る。人間、恩に着る。面倒かけて悪かったな」

「気にすんな。あと、俺は人間って名前じゃねぇ。太郎だ」

「そうか。この恩は絶対に忘れない。ありがとうな」

 そして二匹の犬は目を閉じて眠ってしまった。


 俺は辺りを見回す。林の中には植物やコケも豊富で、その中には見知った草が生えているのを発見する。村の仲間に教わった薬草だ。

 人間に効く薬草が犬に効くのかは分からないが、俺は薬草を集めると、石を使ってそれを磨り潰した。

 近くで水の音がしたので、湧き水を汲む。

 木々の隙間から見ても既に空は暗くなっていて、空には綺麗な月が浮かんでいる。

 再び巣穴へ戻ると、雄犬が目を覚ましていた。

「太郎。おまえ、なんでまだここにいやがる? どこかに向かう途中じゃなかったのか?」

「たまたま近くに薬草が生えてたからだ。気付いちまった以上、置いていけるかよ、馬鹿野郎」

「難儀な奴だ」

 それから雄犬は雌犬を起こすと、俺が煎じた薬草を飲むように言う。雌犬は薬を飲むと、またすぐ眠ってしまった。




 翌朝。俺が目を覚ましたときにちょうど、ウサギを捕まえた雄犬が戻ってきたところだった。

「朝、早いんだな」

「人間が遅いだけだ。それにお前、また飯を分けるとか言い出しそうだったからな。これ以上、お前の世話になるわけにはいかねぇっての」

 短い会話をしてすぐ、犬はまた狩りに行ってしまった。

 俺は目を覚ました雌犬に身体の調子を問い、雌犬は少し良くなったと答えた。どうやら薬草はちゃんと効いたらしい。


 その日の昼には雌犬も立って歩けるようになった。すぐに狩りもできるようになるだろう。もう大丈夫そうだ。

 俺は数回分の薬草を用意すると、犬達に告げる。

「じゃぁ、俺はそろそろ行くな」

 立ち上がる俺に、犬達はまた礼を言った。そして(おす)犬が俺に問う。

「そういえば太郎、お前はどこに行くんだ?」

「鬼ヶ島だ。村を襲う鬼を退治しに行くんだよ」

「なっ……鬼を退治するだと?」

 雄犬が唖然とした顔をする。それが当然の反応だとも理解している。

 けれど俺は本気だ。

 鬼が一体何人いようと、俺はそれをすべて退治するつもりだった。

「おい、太郎。その腰の袋に入っているのは団子か?」

「ああ、(きび)団子だ。村の仲間が黍を分けてくれて、それを婆さんが団子にして持たせてくれたものだ」

「そうか。本当は酒でやるらしいが……太郎、その団子を割って、その半分を俺に分けて欲しい!」

 犬の目は真剣だった。しかし俺はその言葉の意図が分からず、犬に問い返す。

「どういうことだ?」

「分かれよ人間、お前達の風習だろうが。俺と義兄弟(きょうだい)の契りを結べって言ってんだ。鬼退治に行くんだろ? 俺が手伝ってやるって言ってんだよ」

「ありがてぇが、そこまでしてもらうわけにはいかねぇよ」

「いいや、俺も妻もお前に命を救われた。これは俺のケジメだ。太郎が窮地に立っていたら、地の果てでも駆けて行く。それが今だってんなら、鬼退治でも何でも行ってやるよ」

 俺は袋から黍団子をひとつ取り出すと、それを二つに割り、ひとつを犬の口へ、ひとつを自分の口へと運んだ。


「うまいな。この黍団子は日本一だ」


 黍団子を吞み込むと、犬が言う。

「何だその『日本一』ってのは?」

「貧しい村の人間が、お前のために分けてくれた黍で作ったんだ。これが最高のものでないはすがねぇ。間違いなくこれは、()(もと)で一番の黍団子だ」


 こうして犬が仲間になった。

 俺は鬼ヶ島へ向かう街道を、一匹目の仲間と共に進んだ。



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