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ロボット、3Dる。

作者: 賽の目コロ助

短編が好きです。

長いのが書けないって話も…?

ロボット、3Dる。

【宇宙船に取り残された一人の男は】

 所狭しと並ぶスイッチや計器類の狭間にあった小さな窓からは水平に流れる無数の星々が見えていた。

等速度に流れていくその速度が遅かろうが早かろうが一様に宝石のような輝きを放っていた。

しかしそれを見つめる男の目にはおよそ生気と呼ばれる輝きが失せており、何の感慨も生んでない事を示していた。

男の乗る小型の宇宙船は偵察に出た帰りに予期せぬ故障に見舞われ、母船に戻れなくなってしまったのだ。

ここ何日間もの間、男は助かる道を模索し尽くし、およそ考えつくあらゆる方法を試し尽くし、およそ無駄と思える手段も全て試し尽くしてみたが得られた結果は助かるはずがないというどうしようもない現実とゆっくりとしかし確実に忍び寄る死への確認だけであった。

 どれほどの時間が過ぎたのか生きる気力をなくした男には皆目見当がつかなかったが、不意にそうとは意識せずに男の口をついてボソリと言葉が発せられた。

「こんな事なら神ってやつにきちんと十字を切っとくんだった…」

『神に十字を切っていたらどうなっていたのですカ?』

男の足下、鈍く光る銀色で膝ぐらい高さの円筒形の物体が音もなく床面を移動し、スリット上の隙間からチカチカと光を点滅させながら全て音階の“ミ”の音で文章を発した。

「こういう時に神の奇跡とやらで助けてくれたかも知れないだろ」

男は暗い瞳を文章を発したその宇宙船航行用ナビゲーションロボットの方を見ようともせず投げやりに答えた。

『信仰心の深浅が現在の状況を左右できるとは考えられませン。あなたは宇宙船単独航行を許可されルほど優秀なパイロットであると評価されていますシ、今回の事象は客観的に見ても不可抗力であったと結する事に論理の破綻はありませン。』

「その不可抗力を神の力でどうにかして欲しかったと言ってるんだ。お前みたいなボロロボットに信仰心が分かるものか」

足下のロボットを蹴飛ばす。

ロボットはくるくると回転しながらビービーと不快な音を発し、男の行為を避難した。

『非常時緊急マニュアルよりプラグラムを展開、起動します。』

先ほどの会話モードでの音階とは違い、全て“ド”の音階で発せられたその文章は準警告モードであることを意味していた。

“そうじゃねえよ。暴力ではなにも解決しない。素直に神に救いを求めるのだ。”

当然現れた大昔のガンマンは銃を持った手で十字を切り決め台詞を吐いた。

その様子は長年使い古されたカウボーイハットの穴からキラリと光る保安官バッヂの細かな傷跡、たった今発射されたであろう銃口からのぼり立つ紫煙などおよそ3D立体映像だとは思えない存在感であった。

男はしばらくあっけにとられ立ち尽くしていたが、やがて自分の腹を押さえて低く静かに笑い出した。

数日前に同僚のクルーが重要な改良を施すと言ってこのロボットを持って行った事を思い出したからだった。

「これはミッションシミュレート用の高精細立体投影装置じゃないか。やけにニヤついていたと思ったらこんなくだらない事に使いやがって、バレたら始末書じゃあ済まないぞ」

ビボッとガンマンの足下から間の抜けた音がしてロボットが疑問符を発した。

『その心配はありませン。この宇宙船の電力はあと372分で生命存在危険域に達しまス。母船への帰還は不可能でス。』

「…わかってるよ 希望はとうに捨てている。しかし、最後の最後まで迷子の子羊に神の教えを説くガンマンに感謝しないとな。」

そう言って男は胸の前で十字を切った。

「蹴飛ばして悪かったな。この立体映像の表現力はたいしたものだ」

ほめられて嬉しかったのかロボットはピコッと陽気な音を立ててくるりと一回転してみせた。

『資料があればそれを基にバーチャルバイオニングが可能ですガ。実行しますカ?』

バーチャルバイオニング(V.B)とは画像、映像などの視覚資料を元に立体化してそれに疑似人格を持たせ会話が出来るという技術である。あまりにも再現度、生命感が高い為に国際法で使用の制限が検討されているほどである。

今、男の懐にはプラスチックケースに入った古い家族写真がある。

限られた空間しか持たない宇宙船の船内には限られたものしか持ち込めない。如何にパイロットであろうとも私物を持ち込む事は出来ないが、唯一許されているものがこの写真なのだ。

写真の中の女性はつややかな黒髪を肩まで伸ばし、朗らかな瞳でこちらを見つめ微笑みかけていた。

その腕の中には生まれて数ヶ月の赤子が安心しきった寝顔で抱かれていた。

その隣には白髪の老夫婦が立っており、ふくよかな老婆は赤子に手を伸ばし、幸せそうに微笑みを浮かべていた。

痩身の老人はその太い眉毛と真一文に結ばれた口から厳格な印象をうける。

しかし一方で、ぎこちない腕で妻の肩を抱き、お揃いの杖を握る姿からは不器用な愛情が感じられた。

地球で待つ理想の家族の姿がそこにはあった。

『すてきなご家族ですネ。どなたからV.Bを始めますカ?』

男は先ほどこの技術を下らないと言っていたがもしかしてこういう事態を可能性の一つとして想定した上での事だったかもしれない。

最後の、最後には愛する家族と最後を過ごしたいと普通は思うのではないだろうか。言えなかった思いをぶつけるのではないだろうか。

男は古い写真をたっぷりと時間をかけ一人一人の顔をみつめると大きくため息をつき、そしてそれを大きく振り上げると後ろの壁に思い切り叩き付けた。

プラスチックケースは乾いた音を立てて跳ね返り、粉々になった破片が無惨にも無重力空間を漂うことになった。

ロボットはビボッと疑問符を発し、今までの自分の行動や言動がなぜ男にこういう行為をさせたのかを無駄に分析しようとしていた。

「偽物だよ、それ…ただの雑誌の切り抜き。」

男の声はあくまで冷徹で明らかに自嘲が含まれていた。

「周りが皆持っているから何となくオレも持ってみただけ。ホントは地球で待っている家族なんていないんだ。」

「妻とは不倫と借金が原因で離婚したし、子供は名前も年も覚えていない。

お袋は金の事しか考えていなっかたし、親父は酒を飲んで暴力を振るう最低なやつだった。

ガキの頃、風の谷のナウシカのポスターを破られた時は本気で殺そうと思ったね。」

男はクククっと低く笑い、何もない虚空を暗い目で眺めた。

ロボットはセンサー類を駆使して船内が無重力である事を確認してから酸素濃度を測定し、外部記憶にアクセスした。

そして、それらの数値を記録した上で船内が無重力にも拘らず話の内容によっては重苦しい空気が流れる事を外部記憶に残した。

「……その再構築ってヤツ、資料があればなんでもV.B化できるのか?」

『ハイ。多少時間はかかりますが一枚の画像からでも可能でス。』

男は何かに気づいたようだった。

そして時折、ん~だとかう~だとか奇妙な言葉を発して立ったり座ったりを繰り返し、狭い船内をウロウロし始めた。

やがて意を決したかのようにドカッと椅子に腰掛け、鼻が当たりそうな距離までロボットに真っ赤に火照った顔を近づける。

「………ナウシカでもいいのか?」

蚊の鳴くような声。

ロボットの集音センサーでもやっと拾えるぐらいの音量。

『不本意ですが可能でス…』

それを聞くや否や男は変なポーズで奇声をあげた。

「まさかこんな時にナウシカに会えるとは!夢にも思わなかった!!生きててよかった!生きててよかった!いやもうすぐ死ぬけど!生きててよかった!!」

『ワタクシもまさかこんな時に高精細立体投影装置を使ってナウシカをV.B化するなんて夢にも思いませんでしタ。イヤ夢は見ないですけどモ。』

ひとしきり騒いだ後、男は気味持ち悪い笑顔を浮かべながらロボットに顔を再び近づけて来た。

「じゃさっそく頼むよ、オレの初恋の甘酸っぱい記憶を高精細立体投影装置を駆使して完璧に再現してくれ!」

ロボットはこのような極限状態において人間がどういう行動をとるのかという貴重な記録と宇宙船が一隻買えるほどの高価な機械を使ってこんな宇宙の果てでアニメキャラをV.B化することになった自分の苦い記憶をいつか誰かが役に立ててくれる事を期待して外部記憶装置に納めた。

『それでは画像などをご提示くださイ。』

「……」

男は動かない。

さっきまでの興奮が嘘のようにおさまり何かをぶつぶつつぶやいているようだ。

『…あのウ、いかに高精細立体投影装置でも資料がなければV.B化できませんヨ?。』

「このポンコツロボットが!」

低くて重い金属音が響く。

“暴力じゃ何も解決しない…暴力じゃ何も解決しない…暴力じゃ…”

 ロボットがビービーと不快な音を立てて床の上をくるくると回ると同時にロボットの上に投影されたガンマンが空しく決め台詞を連発する。

「知ってるよ!分かってるよ!こんな宇宙の果てにまでナウシカの画像とか持ってこねえし!そこまでジブリファンじゃねえし!てか宇宙船にそんなの持ち込めねえし!」

死を前にしてなお冷静な判断力を失わないパイロットとしての常識と

死を前にして混乱している状況での非常識な要求が男の中に介在していた。

この状況に対してロボットはもしかしてこれはただまじめに受け答えする相方と自分のボケにキレてツッコむという新しいお笑いのスタイルなのではないかと気づき、当然外部記憶に記録を残した。

「筆記用具、いやせめて紙があれば小学校の国語の先生に絵の才能を絶賛されたオレの実力でナウシカを完全再現できるのに!」

“神に救いを求めるのだ…神に救いをもとめるのだ…”

エラーをおこしているのかロボットの上でガンマンが決め台詞を連呼している。

「オレが今欲しいのは神じゃなくて紙なんだよ!」

 

宇宙船は真っ黒い空間を静かに漂っている。真っ黒い空間とはいいつつも星はどの方向を見ても無数に輝いておりもはや時間など流れていないかのようにその場所を動かなかった。

突然その無数の輝き中の一つが大きくなりただ漂うだけの宇宙船に近づき始めた。それは生命の存在もあやしいこのような宇宙の果てで神を叫ぶ男を哀れに思い、本物の神がその御使いを男の元へと使わしたのだった。

男の前に光に包まれた神の御使いと名乗るそれが降り立ち何か望みは有るかと問うたという。

信じられないようなものを見たその目からは大粒の涙が流れその口からは

“助かった”と安堵の言葉が漏れたと外部記憶には残されていた。


その後、奇跡的に発見された宇宙船からは男の遺体と高精細立体投影装置にてV.B化された“落書きが書かれた紙”、そして“そうじゃねえよ”という台詞を連呼する壊れたロボットであった。


男は神の御使いに紙が欲しいと思わず言ってしまったのだ。


秀逸なオチを目指してます。

読後感がスッキリっていいですよね。

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