(金では買えないもの)
「足りない……」
どんなに尽くしても
どんなに求めても
心も、身体も満たされない
いけないとわかっていてもこの身、この心を捧げた
肉の節々を撫でられて揉みしだかれ、私の中を一夜限りの愛で満たしてくれる。
もてあそばれ、捨てられてもいい。
僅かでいいから幸福に浸りたかった。
「愛して愛して愛して……」
私は求め続けた。
それでも足りない、満たされなかった……
いつしか思うようになった。きっと欲しいものはこんな上辺の愛じゃない、そう悟った時にはもう私は戻れなくなっていた。
父は失踪
母は病死
父に押し付けられた増え続ける莫大な借金を背負い今日も私は ホテルのベッドの上、昼夜がわからない暗闇の世界で知らない男たちの欲を満たす。
遮光から差し込む薄い光でボロボロになった私を見て一人、声をかけてきた男が居た。
「今日の相手は随分若いのね、私と同じ年くらいかしら」
挨拶の代わりにそう言うとと彼は小さく呟いた。
「君が莉乃だね......?」
確かに私の目の前に立つ彼はそう言った。
紛れもなく私の名前、でもどうして私の名前を......?
今までの男たちは私を番号で呼んでいた。私の番号は0033、私の新しい名前だった......
「私は0033」
「それは本当の名前じゃない、君の本当の名前は伊吹莉乃だ」
よく見れば、私の通っていた高校の制服。きっと彼は私を知っている。私も彼を知っていたのかもしれない、でも今は関係ない、どうでもよかった、私はお金のために働くだけ
遮光カーテンからはネオンの光がダブルベットに差し込む。
私の座るベットの横にある小さなテーブルの上に薄い紙が置かれた。
「お客様、本サービスは先払いにーーッ」
「 ... 」
少し間があって私の身体は彼にぎゅっと抱きしめられた。
「お疲れ様、もう大丈夫だよ。こんなことは終りだ」
彼は一言そう呟いた。
「どういうこと?」
「その紙、君の借金の借用書」
「え......?」
悲しくなかった、辛くもなかった、なのに何故か涙が止まらずただ私は彼の胸の中で赤子のように声をあげて泣いた。
「けど、なんで.....?」
「そうだね。僕が君の借金を肩代わりした理由、タダでとは言わないさ。もちろん」
「先手を打たせてもらったことは少々強引だったとは思ってるけど信用を得るのに手っ取り早い方法がこれしかなかったんだ。悪く思わないでくれ、僕にはあまり時間がなくてね、単刀直入に言おうーー」
「ーー君を買いたい」
「私を買いたい......?」
「そうだ、僕にでもわかる。君の能力、そして価値を、それを僕の元で是非とも存分に生かしてほしい」
「私の能力......?」
「君は自分の能力を、いや、自分が如何に希少な存在か理解していないのかい?」
「な、何を言ってるの?」
「呆れた......それを本気で言っているのか」
「では気づかせてあげるよ。こういうことは実践あるのみだ」
「とはいっても時間はお金と違って使わなくても減るからね、さ、急ごう」
「は、はぁ......」
「後、その間抜けな返事は僕にしないように、命が惜しかったらね」
男はにこやかに笑いながら言うのだった。
「さぁ見た前」
連れてこられたのはホテルの屋上、見せられたのは豆のように小さい人間が行き交う景色だ。
では適当に......あの男だ、今風俗に若い男と入る黒スーツの、髭面の男、あいつにいくら払う?
俺が金をいくらでも出そう。
「あの殿方には一銭も出すべきではありません、もうすぐ彼はとてつもない大損害を抱え、なおかつ何か隠していると表情から伺えます」
「よろしい、いやはや想像以上だ」
これが君の価値、君の能力だ。
だからなんなんですか?一体誰なんですか?
「まだわからないのか?いいか、君は人厳格な金銭としての価値を判断できる人間だ、そういう人間は一番敵にしてはいけないが味方程心強いことはない、そして僕は君を買うと言っている、借金は前金だ、気にするな」
「で、では、その......」
「何だ?なんでも叶えてやるぞ?不自由ない生活、平穏な学園生活」
「仕事をください......」
かくして、謎だらけの男に買収された私、伊吹莉乃はメイドに転職したのだった。