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簿記の巻3

 僕は、本日配布されたプリント類をカバンにしまいながら目を通していた。

 資料は、先生が自作で作ったであろう簿記検定対策マニュアルがあった。

「仕訳は、覚えるな。感じるんだ」

「電卓は右手ではない。左手で打つんだ。さすれば宇宙を感じられる」

「電卓は、恋人のように扱え。生涯の伴侶である」

 電卓をミニ四駆のごとく坂道で走らせていた男とは言えない言葉である。恋人もたまには、雑な扱いをうけるということだろうか。大人はなかなか深いことを言うもんだと思った。つか、仕訳ってなんだよ。

 この文章は、困った時に読むことにしよう。きっと、役立つ……はずだ(少なくとも、意味不明な格言は置いておいて)

「イチローはもう帰るの?」

 進が声をかけてきた。カバンの中にあらかたプリント類を詰め終わったころだった。

「帰る帰る」

「一緒に帰らない?」

「いいけど、僕のうちはほんと近いけど?」

「じゃあ、その近さを体験させていただきましょうかね」

 僕は、入学初日にして友達ができた。幸先の良いスタートだと思った。進はいい奴にちがいない。そして、頭も良さそうだ。中間テストとか期末テストとか、困ったら助けてくれそうである。

 下駄箱に新品の上履きをいれて、僕は外履きに履き替えた。ぼくは、あまりこの革靴が好きじゃない。中学校の頃は制服を着てはいたものの、靴はいつもニューバランスを履いていた。ローファーなんて、しっくりこないなぁ。

「イチローはさ、簿記とかやるの?それとも情報処理系?」

「どうだろう。僕は、情報処理とかあんまり興味ないから、簿記でもやろうかな」

「おお。本当か。で、部活とか決めたの?」

「部活?んー。階段を上っている最中に運動不足を感じたからねぇ。テニスでもやろうかと思ってるよ」

「そうなんだ。テニス。それはまたオサレな部活ですな」

 進は、驚きとともに、何かモジモジとした動きをしていた。僕も進の部活動の希望が気になったので、進に聞いてみた。

「あ、俺は……」

 と、口ごもっている間に、家が目の前であることに気づいた。

「着いちゃった」

 本当に、我が家は近かった。後者のほぼ真裏にある一軒家だった。テニス部にしようかとしている理由は、テニスコートが目の前にあったからだ。僕もなかなかのグータラ野郎であった。

「本当に、近いな」

 彼は、驚いていた。

「ふふふ。いいでしょ」

「この3年間に慣れちゃったら、大学なんていけないんじゃないの」

「それは、とっても恐れている。だからこそ、この3年は満喫したい」

「それがいい」

「では、また明日。」

 僕は、家の門を開いて、家に入って彼に別れの挨拶をした。彼は、未だモジモジしていた。そして、僕が玄関のドアを開けようとした時だった。

「あのさ!」

 僕は、振り帰った。

「俺と一緒に、簿記部に入らない?」

 彼は、ようやく言いたいことを言えたような顔をしていた。そこには、満足感すら漂っていた。

「って、簿記部?なんですかねそれは」

「簿記部は、簿記部!簿記を部活動とする部活。まぁ、残念ながら文化部なんだけど」

 僕は、とても迷った。きっと、忙しいに違いないと。第一、自分に簿記の才能があるかどうかわからないし。

「考えさせてくれるとありがたいな」

「もちろん」

 進としては、僕に簿記部の存在を打ち明けられただけで満足だったのだろう。快く、考える暇を与えてくれたのだった。

 しかし、簿記部か。なにやらつまらぬ学園ライフの匂いしかしないのだが……

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