簿記の巻2
チャイムが鳴ると教室中に散らばっていた制服姿の子供達は、座っていた場所に戻っていった。これも、10数年の教育の賜物なのかもしれない。意外と世界の子供達は言うことは聞かないと聞くが。
「はい、それではホームルーム後半戦を始めます」
俺はそう言って、自らを奮い立たせた。
「みんなは、電卓は買ったよな?たしか、入学式の前に一度学校に来て、電卓と教科書を買ってもらったはずだ。ちなみに、あの電卓。市販されてません。近所の家電ショップに行っても売ってないので注意。しかしね、性能は一流です。俺も、高校の時に買ったやつがあるけど、今でも現役。高校の頃は、意味もなく滑り台か電卓を流して、だれが一番早いか勝負したこともあったけど・・・壊れず元気です」
教室で、少々の笑いが発生していた。自分で話していて、あまり信用されていないのだろうけれど、本当である。恥ずかしい話ではあるのに、あまり信用されていないのも、少々悲しいものだ。
「明日から、その電卓を使って勉強してもらいます。なにを隠そう、商業高校の勉強は、全体で学ぶ科目の3分の1ほど、商業科目を学んでもらいます。このあたりが、普通科との大きな違いになるな。商業科目と言っても様々だ。会計の基本的な要素である簿記。これは、商業簿記と工業簿記にわかれる。これは学べば違いがわかるはずだ。ただし!これが重要だが、簿記は学問ではない。大学に行くと、簿記論などと、あたかも学問的な呼び方をするところもあるが、違う。簿記は学問じゃない。重要だから2回言ったぞ。簿記はあくまでも技術だ。プログラミングのコードなどと同じで、あくまでも記帳方法に過ぎない。みんなはそれを学ぶんだ。しかしも簿記は経営の基本を学ぶにも適している。なんと素晴らしい技術だ」
俺が、熱弁をふるっていて、周りの反応を気にはしていなかったが、みんなポカーンと口を開けている。なんだか、ポカーンと口を開けている回数が多い気がしてきた。ここで、めげては行けないのだ。
「あとは、情報処理。これは、普通科の学校でもやるが、うちはあんなヒヨッコたちとは違う。毎回、授業の開始10分間。ひたすらタイピング練習をしてもらう。それも3年間もだ。10分間で1,000文字を打つことも卒業する頃には余裕でだろうね。表計算ソフトの使い方など、大人顔負けになるだろう。このあたりが実戦向きの情報処理が学べる。もはや武器だ。情報処理を学ぶことによって君たちは、経済界におけるソルジャーとしての一歩を踏み出す。」
「あとは、各種ビジネス科目。一年生のうちは、基本的なものしかやらないかもしれないが、年数を重ねることによって、実践的になっていくから楽しみに」
「最後に一つ。ここまでは、どの先生も言っていることが、このクラスは俺のクラスだ。みんなは、簿記2級は確実に取ろう。クラス全員取らせる気で俺はいる。もちろん、1級もみんなには取ってもらいたい。簿記検定は、大人になって、大人たちが仕事をしつつ焦りながら取る資格だ。それを君たちは、高校生で取る。どうだい?痛快で爽快じゃないか。検定会場に行けばわかるが、みんな大人たちばかりだ。その中に混じって君たちは受験するんだ。」
最後の言葉に、ピンときたらしい。「大人に混じって……」「簿記ってそういうのなんだ……」「もしかして、結構すごいんじゃない?商業高校って……」
「はい、はい、静かに。ええ、そうです。結構すごいんだぜ商業高校って。おまけの話として、大学の話をしよう。この中に大学に進むことを考えている連中もいるとは思う。行くとしたら、商学部、経済学部、法学部あたりかな。実は、うちの高校は意外と推薦枠がしっかりしていて、推薦でいけるんだ。しかも、結構有名な大学にね。あと、大学でも簿記とか会計、商学とかやるけど、君たちはほとんど高校のうちにそれらをやります。多分、大学にいってもほとんど新しい知識を得られないかもしれない。それぐらい、商業系の知識には強くなります。それは先生が保証する」
もはや、生徒達は驚きを隠せないでいた。そうなのだ。商業高校とはすごい。本当にすごい学校なのである。高校受験予備校などが古臭い等の理由で、生徒たちには勧めず、予備校の実績のために頭の良さそうな子は頭のよさそうな高校を受験させる。子供達の将来がかかっているというのに、予備校とは自分たちの経営状態を優先し、無責任なアドバイスを行っているのだ。多分。まぁ、人によってはそれで良いというのかもしれないが。
「さぁて、みんな。商業高校、コマシャールスクールライフを楽しもうか。俺が、お前たちを立派な商人にしてやる。そして、将来は世界で戦おう。俺らの手で世界を変えよう。それが、君たちにはできると俺は信じている。だから、みんなも真面目に取り組んでくれ。真面目に頑張ろう。俺は、それに応えていくから。ということで、また明日!」
そういうと、ちょうどチャイムが鳴った。決まった。完全に決まった。俺は、自らの完璧な時間配分に酔って、本日の授業は終わったのだった。
帰りは、焼き鳥でも食って帰ろっと。




