原価計算4
今日ほど、帰りたい日はなかった。なぜなら、橋本から借りたDVDの映像が見たくてしかたなかったからだ。
しかし、こういう日に限って部活動は休みではない。
先生が現れると昨日の続きだと言って、標準原価について説明をし始めた。
「標準原価とはなんだ」
先生は、僕らに疑問を投げかけた。
「予定原価とはなんだ」
先生から出された宿題についてはある程度考えたつもりではあったが、いざその現場に立つと言葉は出なかった。そして、くどい話ではあるが、DVDの内容が…
「昨日、一応の帰り際に原価計算基準に規定されている標準原価の内容を説明したつもりだ」
僕は、先生が黒板に書いた内容を思い出していた。原価計算基準というものがこの世に存在し、その中には標準原価について記載されている。なんか、科学がどうとか、数量がどうとか。すると、鮎川が手をビシッとあげた。
「先生、両者の根本的な違いとしては、原価の求め方が異なります」
「ほぉ」
先生は、夕方頃になってくるであろうヒゲの生え具合を気にするかのごとく、顎をすりすりと手で触っていた。
「原価のシンプルな考え方としては、単価×数量です。予定原価については、予定価格×実際数量です。そして、標準原価について原価計算基準にも規定されているように、消費量、すなわち数量部分について、科学的、統計的調査に基づいて能率の尺度として予定するとされています。したがって、標準原価については、数量部分について、能率の尺度としての機能が求められることが予定原価との違いだと思います」
「エェクセレント!」
先生は、慣れない言葉で鮎川の発言を褒めた。ただ、僕にはエクセレントという単語が何を意味するのかわからなかった。本当に商業高校生は英語が苦手である。
「鮎川、概ね合っている。というか、簿記検定レベルであればそれで十分だ。では、どうしてその標準原価を設定する必要があるんだろう」
先生は、さらなる質問を僕らに投げかけてきた。もしかしたら、原価計算基準を読み込めば出てくるのかもしれないが、原価計算基準は手元になかったし、先生がそれを許す雰囲気でもなかった。
「当てずっぽにもほどがありますけど、標準原価を設定すると楽になるんじゃないっすかね。こんくらいの受注が入ったから、一個あたりこんくらいかかるから、こんくらいの材料を投入して、こんくらいの金額になるってざっくり把握できたら楽じゃないっすか。現に、簿記検定の問題って標準原価計算の問題って楽なんですよね。これとこれをかけたら終わり。その代わり、予定原価を使う問題は、結局実際数量を、簡易T勘定を作成していちいち計算しなくちゃいけないし。簡略化ができることなんじゃないかと思いました」
先生は、進の発言に対して、少々うなったのち「惜しい」と言った。それもあるが、それがメインではないと。
「仙崎の検定の話は、実に惜しいところをついてる。そう、君たちは標準原価計算の問題をやると必ずやることがあると思ったのだが」
「差異分析」
ぽつりと桜が発言した。先生は、すかさず発音が正しいとは思えない英語で、桜を指差した。先生は、前日によからぬアメリカ映画でも見たのだろうか。前から英語を多用する先生ではなかったはずだが。
「そう差異分析。難しい言葉かもしれないが、原価を管理する原価管理という分野において標準原価は大切な要素なんだ。標準、つまりその一個を作るためには毎回こんだけかかってるというスタンダードをあらかじめ決めておくことによって、現在の製品の作成の成功率(難しい言葉で歩留率という)とかを把握するのに役立つ。まぁ、単価とかは仕入れ値とかの変動で逐一チェックできるけど、数量の変化はしっかりと管理しないとわからないからね」
先生は、続けてわかりやすい例をあげた。
「例えば、ハンバーガーのバンズを作るのに、小麦粉が100グラム必要だとする。毎回投入量が変わらないず、この投入量だと昔は100個つくれていたのに、今は90個しか作れていないことに担当者は気づいた。
ここで初めて、担当者は、あれあれ機械がもしかして壊れているんじゃないかな?と気がつけるんだ。もちろんこの逆もあって、新しい設備を導入して、前の設備との違いを比較するのに役立ったりもするはずだ」
先生は、前日に僕らがハンバーガーを食べていたのを知っていたのだろうか。それとも先生は、ハンバーガーが好きなのだろうか。
「目安をつくるのは良いことだ。目印ともいえる。メルクマールとかマイルストーンとか色々な呼び方はある。君達も何か目印を作るといい。目標とはちょっと意味合いは違うけど、自分の進捗達成度合いを測るには丁度いいはずだ。例えば、そうだな…。高校生中に簿記1級を取ろうと考えた場合に、今何をすべきか。いつまでになにをしていればよいか。とかな」
原価計算については、あと総合原価計算が残っているが、これ以上のことは話すと試験に影響が出るということで、今回はここまでのようだった。先生は「2級の合格楽しみにしている」と言って教室から出て行った。
僕は、カバンの中に入っていたDVDの存在を一瞬忘れていた。しかし、DVDは僕を忘れてはいなかった。




