原価計算
試験まで残りわずかとなった日、部室で進はある疑問を投げかけた。
「なんとか原価計算ってあるけどさ。あれって実際なんなのさ」
簿記2級の範囲には原価計算という出題内容がある。正確な名称をあげれば、個別原価計算、部門別原価計算、標準原価計算、総合原価計算。何かの本で僕は読んだことがあったが、そもそも原価計算というのは、戦争期間中に武器等の調達原価の計算のために発達した技術であって、しかもその頃から現在の水準の方法が完成していたと言われているらしい。僕は、そのことを進に話したが「いや、そういう話じゃなくて」と一蹴されてしまった。
ちなみに、簿記の受験生の間ではこんな会話は日常茶飯事である。(もしこのお話を読んでいる方で、現在簿記検定にチャレンジをされている方がいらっしゃったら大変申し訳ない。多分大半の人が、実務内容を想定して簿記の勉強はできていないと思われる。そう、実務を理解してなくても簿記検定は合格できる。試験と割り切るのである。そして、大抵の人は、簿記検定を合格の後に、簿記検定とのギャップを実務を通じて埋めていくのである。簿記検定は、いわば企業の経済活動を知るためには本当に良い登竜門的検定試験なのである)
いくら、商業高校の人間とはいえ、実務は知らない。机上の空論と言われても仕方のないことであるが、その通りである。日々僕らは、簿記を勉強しながら働いたことのない事務の内容を妄想しているのだ。ただし、その実務の内容を理解していると、学習効率が上がることは間違いなかった。
「原価計算だからね。原価を計算することだろうね」
鮎川は、自慢顔でメガネをクイッと上げた。
「いや、そのまんまじゃん」
僕はおもいっきり口に出していった。
「勉強していると思うけど、全てに共通して言えるのは、原価を計算しているのは間違いないと思うよ。でも、全部やり方が違うんだよね。なんでだろう」
橋本が疑問を投げかけた。まさにその通りだった。そこに先生が現れた。
「おやおや。なにやら原価計算で悩んでいるのだね」
先生は、いつも以上ににやけていた。多分、悩んで自分たちで解決しようと前向きな僕らの姿に興奮しているようだ。
「原価計算という単語はひとまず置いておいて、その上についている言葉から考えてみようか」
言われるがままに僕は、上の単語をホワイトボードに書いた(ホワイトボードは、つい最近部室にやってきた備品だった。先生が、校長先生に直訴して買ってもらったらしい)。
「個別、部門別、標準、総合……そういやあと、直接もあったっけ」
僕はが黒板に5つの分類を書くと、先生は「とりあえず、今回は直接原価計算については外そう」と言った。そういえば、先生は直接原価計算は、その直接費と間接費の区分が実に曖昧で、原価計算基準でも外部報告用には認められず、内部報告用であると前に言っていた気がする。
「頭の単語が本当にポイントなんだな。まずは個別。つまり、個別原価計算は、一つ一つ製品原価を計算していくんだ。例えば、完全受注生産品を思い浮かべるといいかもしれない。オーダーメイド製品とかの原価はこれで管理、計算していくんだ」。
僕は、オーダーメイドと聞いて、なぜか特注のタンスを思い浮かべた。橋本は、文化祭で安藤くんが作ったトートバックの事をボソッとつぶやいていた。
「次に、部門別。これ自体は、実は製品原価の計算ではなくて、製造間接費の配賦方法なんだな。個別、標準、総合は、単体で製品原価が計算可能であるのに対して、部門別は、その原価要素のうちの一つの製造間接費を計算するための(製造間接費)原価計算方法である。」
僕らは、先生が言っていることがよくわからず、ぽかんとしていた。先生は、表情を見てもう少し説明が必要だと思ったようだった。
「問題を解いているからわかると思うが、基本的に原価って、基本的には、単価×数量(時間)だと思う。そのうち、部門別原価計算は単価を計算するためにつかう。具体的には、間接部門の経費だ。製造部門は日夜機械を稼働させて、同じ方のタンスや椅子を作っているとする。その機械タンスや椅子を作る機械は工場の建物の中にあり、建物には電力供給されていて、機械はその電力を使っている。しかし、その建物の減価償却費や水道光熱費は、本来、製造に関係あるけど、作られている製品に対して一つ一つ特定はほぼ不可能に近い。だから、製造部門と間接部門に分類して、まず、製造部門で判明した間接経費を集計して、間接部門の利用割合に応じて製造部門に配賦する。そして、製造部門で発生した間接経費と間接部門の利用割合に応じて配賦された間接部門の間接経費を合計して、製造部門全体の間接経費を出すのだ」
部門別計算は、普通に原材料や労務費も出てくるため、他の原価計算と混同しやすいが、あくまでも部門別は「製造間接費の計算なのだ」と先生は強調していた。
実際のところ、僕は混同していたので、試験前に気付けて良かったと思ったのだった。




