人から受ける影響は計り知れない
例えば、目の前にやる気がとても高い集団がいるとする。それは、プールが好きと通って綺麗な感覚に似ている。
そこに一滴の食紅を垂らしてみる。すると、プールは一見キレイに見えるが、実はどんどん汚くなっていっている。ジワジワと、ジワジワと。
俺らが生きているうちは、限りなく人の影響を受けていく。人が人の影響を受けていると考えると、誰かがその起点になっているはずである。人は、影響を受けやすい生き物だ。どんなに唯我独尊の人間であっても多少なりとも周りの影響を受けているはずである。やる気のない人間は排除しなければならない。どんなに勉強が出来ようとも、やる気がない者は才能が無いに等しい。勉強ができなくてもやる気がまずはあれば良い。才能というのはやる気があって始めて開花するものである。やる気は人の可能性を無限に広げる。やる気のない人間は退場を。
俺は、職員室で週刊誌の少年漫画のその内容読みながら熱いコーヒーを啜った。苦さが口の中に広がった。この苦さがたまらなく良いのであると実感する瞬間だった。にしても、最近の少年漫画は熱すぎるのではないだろうか。だいぶお熱い内容である。しかし、実世界でこれを実現したら人は冷たい目を向ける。
「そんなことできるはずない、できないことをする時間は無駄だと思わないの。?」しかし、俺はこのような言葉を発する人間は、実際のところその人は小馬鹿にしているのではない。単純にそれを達成されること恐れているのだ。より、高みを目指し、そして、高みを登っていくその姿を見たくないのである。だから、俺は高い目標を発する人間の言葉たいしては、基本的に「それ、いいね」で返すようにしている。否定的な言葉は、その人を傷つけるし、回り回って自分も傷つく。やる気のある相手をしぼませても、世界に良い影響はない。その人間が優秀なのであれば、ついて行って、その才能の片鱗を盗むくらいのことをしてやれば良いのだ。こればっかりは、意識をしないと実際できないと俺は思っている。
両手を頭の後ろにのせ、遠くを見ながら昔を思い出した。
周りが楽しく遊んでいる中、俺は一人勉強をしていた。本気で勉強するときは、最終的には一人である。その目の前の内容を頭にいれるのも、模擬問題の解答用紙を埋めるのも自分である。当時は孤独が人を強くすると思っていた。しかし、それは正しい。大人になって就職しても実家を出ないパラサイトチルドレンが最近増えていると聞く。彼らは孤独から逃げ、両親が死ぬまで寄生する。親から見れば寄生していないと思っていても、世間からすれば、立派な寄生生物の出来上がりである。寄生生物は、スマートには成長せず、ただただぶくぶくと太っていくだけである。
この学校の先生という職業につくまでに出会った人々は本当様々で、俺は色々な人の影響を受けてここにいると思う。良い経験だ。彼らにもこの経験を教えねばと思った。
「諸星先生」
俺は、ぼぉっとしていたが、広川先生の言葉で意識がこの世界に戻ってきた。
「もしかして、今私のおしり見ていたのではないですか」
俺は、全く気がつかなかったが、どうやら僕の目の前で、落ちたペンを拾ったようだった。目の前で、タイトなスカートがくっきりとおしりを立体的に表現していたようである
「見てはいないですけど、広川先生の頭は見ておりました」
「あら、どうして」
「いや、ゴミがついておりますよ」
俺は、そういって広川先生の頭を触った。髪の毛についていた、ガムテープを剥がしてあげた。
「あら、これさっきのダンボールの。私、さっきダンボール置き場で、ちょっと寄りかかって作業してたので」
と広川先生は恥ずかしそうに言い訳をしていた。しかし、惜しいことをした。あんなところで瞑想状態など不要である。




