合宿1
鎌倉駅に僕はやってきた。古都という印象は大いにあると思われるが、鎌倉駅前はバスのロータリーとなっており、古臭いイメージはどこにもない。まぁ、横須賀線という電車の駅前のほとんどがバスのロータリーになっていることに鑑みれば、しかたないことなのかもしれないが(横須賀線の駅前のバスのロータリー率の高さは不思議だ)
周りを見渡せば外国人、外国人、外国人ばかりであった。皆、自撮り棒にスマホを指して仲良くセルフィを楽しんでいた。日本人とはこのあたりが違うところだ。皆自分のことが大好きである。ただ、仲良く写真を撮っている姿はとても楽しそうに見えた。羨ましい限りだ。きっと、よい海外旅行の思い出になっているに違いない。
僕も、思い出を残したい!と思って、ポケットからスマートフォンを取り出した。カメラアプリを起動して、前面カメラに切り替えて、鎌倉駅の文字が写り込むようにして自分撮りに挑戦した。
「なにやってんの」
橋本が桜と一緒にやってきた。僕は、驚いて、スマートフォンを空中で二、三回お手玉したのち、地面に落とさずキャッチした。
「イチロー君てそんな趣味があったんですね」
桜がボソッと言った。
「イチロー。泣くな」
橋本が、僕の方をポンポンと叩いて、外人の方を指差した。「憧れるだろうが、やめとこう。あたしたちが自撮りしたところで彼らのクオリティには勝てないよ」
僕らが、茶番をしている間に、進も鮎川も鎌倉駅に集合していた。
「なに騒いでんの」
「いや、イチローがねぇ……」
「自撮りを……」
それを聞いた進は大笑いをした。鮎川は、メガネのレンズが光ったように見えた。その後、鮎川は後ろを向いて、両肩を小刻みに上下に震わせていた。
「みんな集まったなー」
そこで、先生が登場した。「イチローお前に自撮りは早いぞ」と先生は僕に言ってきた。僕は、とても驚いたが、どうやら早く着いたため、駅の近くのカフェで茶をしばきながら待っていたらしい。もちろん、鎌倉駅の集合場所がきっちり見える場所で。あまりに滑稽な僕の姿に先生は、笑っていたが、僕はとても恥ずかしく、貝になりたい気分だったのは言うまでもない。
僕らは、江ノ島付近に向かった。なんともすごいことに、江ノ島の中に旅館があるらしかった。先生的には、江ノ島の閉ざされた空間で勉強合宿を行うことは非常に有意義なことであり、都会の喧騒を忘れることができると豪語していた。「都会の喧騒」と高校生の僕らに言われてもイマイチピンとこなかったが、要は静かだということだろうと推測した。
「今回の合宿は簿記検定2級の勉強合宿の意味合いもあるが、わすれてないだろうな。旅館の手伝い。旅館の手伝いを通じてビジネスを学んで欲しいんだ。僕らは商業高校の人間だ。普通に合宿をするのではつまらないからな。高校生の頃からビジネス感覚を養ってもらいたい。そして、他のやつらよりも一歩も二歩も先に進んで、クールなアイディアをいっぱい出せる人間になろう」
すっかり忘れていた。旅館のお手伝いという重要な点を。先生曰く、朝と昼と夜。この3つの時間で1名から2名の人材が欲しいとのことだった。ちなみに、僕らの中でアルバイト経験のある人間はいない。
僕らのバスは、江ノ島へ向けてゆっくり走行しているものの、徐々に近づいていっていた。
果たして、僕らは無事に帰ってこれるのだろうか……(江ノ島はそんなところではない)