夏休み2
俺は迷っていた。
夏休みが迫っている。しかし、部活動の顧問として、夏休み中に部活動を何をすべきか決めていなかった。普通の運動部であるならば、毎日練習をしていればいいのだ。
しかし、ここは簿記部である。簿記部が毎日朝8時に集合して、お昼休憩を挟んで17時まで、電卓をカタカタ叩かせて帰ることを約一ヶ月半やらせるのは灰色の夏休みというものだ。鬼顧問だとご両親からクレームがきてしまうだろう。
俺は、悩んだ結果、職員室の席の斜め前に座っている、広川先生に話しかけた。
「広川先生は、夏休みの部活動どうしますか」
広川先生は、パソコン部の美人顧問だった。通常、パソコン部といえば、ちょっと引きこもり気味のマニアックな男子たちが集まる部活のイメージだが、あまりの先生のルックスの良さと、高校生には少々刺激の強目なスタイルで、マニアックな男子はもちろんのこと、イケメンの部類に入る男子たちも獲得していた。ただし、女子からの評判はあまり良くないため、女子は入っていなかった。
「そうですね。私たちは、短期集中合宿を実施します。」
「と、いいますと」
「お金が無いというと思っていたのですが、生徒のみんながお金ならあると言ってきたので、宿泊研修を実施する予定です。やはり、パソコンを志す者の終着地点として、やはりシリコンバレーがあるのです。ならば、シリコンバレーに似た環境でやれる鎌倉あたりにでも行って勉強しようかと思っています。最終的には、スマートフォンのアプリをつくれるくらいを目指して合宿をするつもりです」
広川先生は、美人な上にパソコンスキルが非常に高かった。俺にはよくわからないが、いろいろなプログラミング言語を使いこなす上に、語学が堪能なのである。なぜ、教師なんかになったのか不思議なくらいだった。
「なるほど」
って、待て待て。こんな美人教師と宿泊研修……。なんだと。
「そういえば、諸星先生は、どうして教師なんか。前職はたしか……」
俺が、広川先生の職歴に疑問を感じているのを見透かされたのか、広川先生から俺の職歴に対する疑問が飛んできた。
「会計士」
「そうそう。会計士だったのになぜ、教師に」
「それは……」
俺は、言葉に詰まった。いろいろなことがあった。こんな5分とかそこらでは話せない内容だ。ただ、ひとつだけ端的に言えることがある。もっともっと、簿記に触れる人口を増やしたい。そして、できれば検定試験目的ではなく、本当の意味で簿記を理解し、会計や財務に強い人材がどんな分野にでも生まれてほしいと思ったから教師を志したのだ。現在は、一部のプロフェッショナルのみが会計に強いイメージがあるが、もっともっと色々な人が使いこなせたら嬉しい。アレルギーをなくしてほしい。そう思ったら、高校生から真面目に教えるしかないと思ったのだろう。
「まぁ、色々です。今度居酒屋にご一緒してくれるならお話いたしますよ。男子生徒からは恨まれそうですが」
「あら、諸星先生みたいな優秀な男性から誘われちゃったら断る人はいるのかしら。男子生徒なんて所詮子供ですよ?」
おやおや。広川先生の目が若干本気なのかもしれないと思い、少々俺は汗をかいてしまった。しかし、広川先生は時々、色っぽい雰囲気を自然と出してくるから困る。これこそ、昭和の男たらしか。
広川先生に話しかけたら逆に捕まってしまったものの、俺は、そそくさとやることをやって、帰った。
帰り際、広川先生は、「では、おひまになったら」と言った。俺は、広川先生との一夏のアバンチュールを楽しむのも悪くないのかもしれないと真面目に考えたのであった。。それと同時に俺は、夏休みに短期で合宿を貼ること決意したのだった。