志在 前編
「殿、陶謙殿より許可を頂きました。我が兵は見回り等の役職で養ってくれるそうでございます」
「そうか。わかった、ありがとう」
「このくらい造作もございません」
徐州に到着した俺達はまず兵の扱いに困ってしまった。ここは俺達の城ではなく、あくまで陶謙殿の城である。そんな所へいきなり六千もの兵が押し寄せれば反乱か何かだと思われてしまう。そこで陶謙殿と親しい趙雲にどうにかして貰えないかと、話に行ってくれたという訳だ。
「我々も客将として扱ってくれるようです。先ずは陶謙殿にお会いすることが先決だと思われます」
「よし、なら早速向かおう。三人もついてきてくれ」
馬から降りて城内へと入った。少し離れていただけなのにとても懐かしく感じるのはきっとそれほど過酷な場所にいたからだろうな。
「……き、衣笠様、あ、あの異国の服はどうなされたのですか?」
「あぁ、あれ。あれは目立つから本と一緒に袋に入れてあるぞ。そう言えば本か……」
すっかり忘れていたが本には確か俺の物語が書かれるとかどうとか言ってた気がするな。俺は袋から本を取り出した。
「衣笠殿、それは何でございまするか?そのような風変わりな書を見たことがございませぬ」
「俺のいた国の書物だよ。……すげえな、おい」
中を開くとそこには巳水関と虎牢関での事細かな作戦まで全て表記されていた。まるで何処からか見ていたとしか言い様の無い精密さだ。どうなっているのだろうな……。
すると突然ページがめくれ、そこには、
『それが書に刻まれるということじゃ、妾は何処からでも見ておるぞよ』
……ストーカーに近いな。そんな感想を抱きながら城へと到着した。
「衣笠殿ですね、此方になります」
城に入り偶然見かけた人に声を掛けると従者だったようで、すぐに陶謙殿にお目通りが叶った。
「失礼します。突然の訪問すみません」
「気にするでない。儂こそ床に伏せたままで済まぬな。そちらの活躍はここ徐州にも伝わっておる。別棟を開けておるから好きにするといい」
「ありがとうございます」
陶謙殿は横になったまま話をしているが、その暖かい雰囲気に温和な人だと感じた。良い人のようだ。
「此度はこれで去るといい。また元気なときにでも会おう」
「はい、失礼します」
こうして俺達は部屋を出て一度別棟へと向かうことにした。
「ふう、ようやく一息吐いた気がする」
部屋に入るとそこには机と茶器とベッドのようなものがあった。この時代にも床よりも高くして寝る習慣があるようだ。
「今日からいつまでかはわからないけれど俺の部屋になるんだな」
取り敢えず本だけ机の上に置いておこう。何かそれらしく見える気がする。殺風景な部屋よりは良いだろう。その時、机の上の異変に気付いた。
「って、置いた瞬間にまた開く。何でオートなんだよ……」
『ふふ、しばらく開かなかった故に寂しかったのじゃ。しばし付き合え』
「はいはい」
本の文章に目を向けながら俺はひとまず承諾した。
『三国志についてはわかったかえ?』
「いや、まだ物語的には序盤だろ。しかも俺の知る話とは明らかに違う部分が多すぎる。わかったとは言えないよ」
『確かにそうかも知れぬがその世界で貴殿が関わったのは事実。気ままに物語を進めるが良い』
「この物語にクリアはあるのか?」
『有ると言えば有る。しかし貴殿にはまだ伝えぬ。物語に支障をきたすかもしれぬからな。言えるとすれば、お主でいうところのチュートリアルを抜けてすぐ辺り。油断せぬ事じゃな』
「色々あるんだな」
『まだまだ先は長いのじゃ。貴殿の一手にて全てが変わる。精々妾を楽しませてくれ。貴殿の策で乱世の奸雄に勝てるか試すが良い。物語は始まったばかりじゃ。知ることはたくさんあろう。しかし、貴殿には仲間がいるのを忘れるでない。妾は期待しておるぞ』
「成るようになるよ」
そこから本には何も書かれなくなった。
何を目指すかはわからないけれど、取り敢えず皆の為に頑張ろう。仲間の為に頑張ろう。頑張ればきっと道は広がる筈だ。俺はそう心に決めた。
あれから少しして、俺は一度俺の部屋に将を集める。これからのことについて話し合いをするためだった。
「よし、これからの方針を決めたい。意見のあるものは言ってくれないか?」
「私はやはり他の城を攻め、ここ徐州を拠点に勢力を増やすべきだと思います」
趙雲は声高らかに言った。改めて趙雲を見てみよう。
趙雲は短髪で、ある程度背が高く、身体の出るとこは出ており女性であることを強調しているかのようだ。言うならば美人という感じである。基本的に忠義心に厚いが感情的になることが多い。
「……わ、私は善政をして民心を高めるべきだと思います」
張コウは小さい声で言った。改めて張コウも見てみよう。
張コウは腰くらいまでの長髪で、背は低く、子供のような感じの可愛らしい少女だ。どこかしら護ってやりたいオーラを醸し出している感じである。基本的に怖がりで、俺の裾をよく掴んでいる。しかしよくわからないがひどい陰りを持っている気がする。気のせいであれば良いがな……。
「拙者は悪政を働くものを討つべきだと申し上げまする」
張遼は少し強い口調で言った。改めて張遼を眺めてみる。
張遼はポニーテールをしており、背が趙雲位に高く、しなやかな身体つきをしている。言うならば綺麗という感じである。基本的に武士道というより騎士道に近い感性を持ち、悪いところは悪いと言う芯の真っ直ぐな女性だ。
「寝る」
呂布は何ともダルそうに言った。改めて呂布を観察してみた。
呂布は短髪で、背はそこまで高くはなく、見るからに細い身体をしている。なんというかか弱い感じである。基本的に寝ることを最上と考えているらしいが、まだまだ未知数である。
「よし、最後以外の意見で考えると……」
俺は一つの意見に決めた。
「張遼の案が良いと思う。悪政をしている者を倒せば民心も上がるし領地拡大にも繋がると思う。突発的でまだまだ曖昧だけど、とりあえずこの方針でいいかな?」
俺の言葉に皆はわかりましたと素直に受け取ってくれた。一応方針も決まったので、
「方針も一応決まったから今日は好きにしてくれ。明日から詳しく決めよう。解散」
とりあえず解散。その言葉に張コウ以外は直ぐに去って行った。張コウには用事があったから丁度良いか。
「……え、えっと、そ、その」
「張コウ」
「は、はい」
まさか逆に声をかけられるとは思っていなかったらしく驚きながら顔を上げた。
「まだ張遼を倒してくれた時の礼がまだだった。ありがとうな張コウ」
「え?あ、……はい」
俺は言いながら張コウの頭を撫でてやった。すると、張コウはまた顔を俯けたまま喋らなくなってしまった。あまり好きではないのかもしれないな。
「これからもよろしく頼むよ」
撫でるのをやめて俺は張コウを残してその場を去った。ごめん張コウ。今度別のなにかでお返しするよ。とちゃんとした労いも出来なかった事を心の中で謝った。
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衣笠私室 張コウ
「ありがとうな張コウ」
私今頭を撫でられてます。何ででしょうとても心が暖かくなって気持ち良いです。ずっとしていて欲しいと思います……。
「これからもよろしく張コウ」
あ、手が離れてしまいました。そのまま衣笠様はどこかに行かれてしまい、私は一人です。
またあの暖かさが欲しい……。衣笠様に褒めて貰いたい……。衣笠様に見ていて貰いたい……。
私これからも頑張りますね……。
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別棟廊下 衣笠
「とは言ったものの、何処を攻めるか……」
俺が有名武将以外の正史知識は徐々について行かなくなっている。こんなことならもっと小説を読んでいたらと悔やまれる……。しかしそんなのまで読んでいたらこの世界には来なかっただろうな。俺は廊下の窓からで空を見上げ、案外悪くない世界だと俺は思った。
さて、民心が上がり、悪政を取り締まる。この二つが出来る場所は……。
「あ!!」
現代で学んだ知識をフルに働かせ、一つだけ当てはまる人物を思い出した。しかも確か有名武将がいる筈だ。そこは、
「北海の孔融か」
俺は静かにこれからのことを考え始めた。しかし、どうにも頭が回らない。疲れてるのかな?
「今日は休めと命令したんだ。俺も此方で色々あったからな。今日くらいはのんびりしよう」
とはいえ、逆に何をしたらよいかわからない。普段ならゲームや映画鑑賞に明け暮れていた俺が、この電気すらない場所で……思いつかないな。取り敢えず移動しよう。そして誰か見つかれば取り合ってもらおう。俺はそう決めた。
そこでまずは徐州の外を見たくなったので、高台に登る事にした。そこには、広大な土地が広がっていた。本当に建造物がほとんどない。都会に住み慣れていてこんな風景を見ることはほぼ無いと思う。いや、日本でもなかなかお目にかかれないだろう。それほどまでに時代は変わったのだ。
そんな事を考えていると塀に何か人影が見えた。そこにいたのは、
「……呂布か」
いたのは呂布だった。もちろん既に寝ているがな。もしかしたら取り合って貰えるかな?と一応声をかけてみることにする。
「呂布」
駄目だ。反応どころか生きてるかすらわからない。呼吸をしているのだろうか?不思議に思い口許に耳を近づけるとすーすーと呼吸をしていた。一応生きているようだ。しかし取り合って貰えそうにないので去ることにしよう。しかしこの天気とはいえ風邪をひく可能性があるので俺が羽織っていた薄い上着を掛けておくことにする。少しは変わる筈だろう。
さて、次はどこへ向かうかな?悩みながら歩き始めた。
「やっぱり城下町は賑わっているな」
次に向かった先は町だった。所々で市が開かれている。下に布を敷きやっている商人や、店を持つ商人と、ここだけを見れば現在と変わらないかもしれない。しかし売られているものは全然違う。何故なら普通に馬とか売られているしな。いわゆる馬商人だ。他にも綺麗な織物や釵等の小物、武器も売られている。意味のわからない物もあるが、結構多彩な品揃えだと思う。店は宿屋や飲食店、それに酒屋等が主である。
そして、そんな中に混ざる小さい少女が一人さっきの意味不明な骨董屋に話しかけていた。
「張コウはなにやってんだ?」
するとその場にある商品の約半分くらいをまとめて購入という行動をしていた。何故だろう。今回ばかりは近寄りたくない……。そう思い話しかけることなく市を去った。
あれから馬小屋の前にある庭のような敷地に来ていた。静かな場所に来たかったからである。そこは、言うなれば庭園の様なもので、草木の生える場の中に池がありそこには鯉が泳いでいた。
そんな静かな雰囲気をぶち壊しな奴等がそこにはいた。
「はああああ!!」
「ていやああ!!」
趙雲と張遼が手合わせをしておられました。二人の戦いを見ていると人間にはこれほどの動きが出来るのだなと感心してしまう。しかしそこで俺は最大のミスを犯した。
「おや、殿ではありませんか。このような場所でいったい何を?」
此方に気づいた趙雲が手合わせを止めて話し掛けてきた。
「いや、特に理由は無いんだよ。散策中に偶然通りかかったというか」
「即ち衣笠殿は暇しているということですな。さすれば、我々と訓練を致しましょうぞ」
「へ?」
「それは名案です。さあ殿、参りますよ」
そう言われると張遼から薙刀が渡される。とてつもなく重い。
「いや、ちょっと待て!!うわああああああ!!」
その日の休日が終わりました。
後編に続く