初陣
注意書き
ここから先は急な視点変更が多くあります。そういうものが嫌いな方を読むのをおやめください。それでも良いという方はお進みください。
汜水関前 孫堅
「よし、敵は全て撤退した。全軍三里 [一里、約四キロメートル]後退し野営 [陣地のこと。大雑把にいうとテント]を作れ!!」
私は巳水関前を制圧していた。昼に始まった攻撃はいつの間にか夕暮れ。戦の結果と比例してか兵達は戦と、陳留からの移動で疲弊しているようだった。仕方のないことではあるがよく頑張ってくれたと思う。私自身、この迅速な制圧を予想以上の結果だと思えた。しかし、それと裏腹に疑念もある。
その疑念とは衣笠軍の事だ。あんな風には言ったが本当に動かないとは、どうやらただの臆病者らしいな。元より居なくてこの戦果。居ても居なくても変わらぬ。
「つまらない男だ」
率直な意見を漏らす。そして明日には我等のみで巳水関を落とせよう。功績は我等の独占で間違いない。
「少し早いが休むとするか」
兵達も疲れているが私も少し疲れたようだ。明日に備え早く寝るとしよう。そう思い私は野営へと向かった。
汜水関前 野営 孫堅 23:00
「何事だ!?」
気づくと野営の外が騒がしかった。まだ起きてすぐで冴えない頭を起こしながら近くの兵に確認を取る。
「大変です!!どうやら華雄軍が夜襲を仕掛けてきた模様。進軍しております」
「くっ、急いで迎撃の準備をさせよ。陣を立て直すのだ」
「はい!!」
返事と裏腹に狼狽している兵は急いで去って行った。く、華雄めこれが狙いだったか……。苛立ちが募るなか枕元にある帯剣に手をかけた。
「私自ら指示を出さねば」
準備を整え外へと向かうが夜という事もあり状況がわかりづらい。確認のため兵を呼ぼうとしたその時、誰かの呼ぶ声が聞こえる。
「孫堅様ここにおられたか!!」
その声に振り返るとそこには我が配下の黄蓋が馬に乗り孫堅の方へと走ってきた。
「孫堅様、急ぎ進軍の号令をしなされ」
「何故だ!?夜襲を受けている。迎撃し迎え撃つのが優先だろう」
「衣笠軍が、華雄を討ち取り巳水関を制圧致した。敵兵は大将を失い浮き足だっております。さぁ、早く号令を」
「く、何がどうなっている……」
衣笠軍が汜水関を落としただと……何をしたというのだ?
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汜水関前 衣笠
「殿、戦が終わった様です。」
「そうらしいな、そして汜水関も落ちてない。読み通りだ」
「本当に夜襲を仕掛けるのでしょうか?私はどうも不安です……」
「大丈夫だ。兵法には、遠路の疲れ勢は夜討ちに用心というものがある。必ず出てくる筈だ」
この世界自体がゲームだとするなら、ここまでがチュートリアル。勝てるはずだ。俺の持つ知識を生かさないでどこで使うというのだろう。今だろ。
「わかりました。信じましょう」
「……じ、準備整いました」
張コウは二百の兵を引き連れ俺の元へ来た。確かに準備は万全のようだ。
「よし、もう一度説明するぞ。張コウ隊は夜の暗闇に乗じて静かに汜水関の両脇に移動。そして華雄軍が出てきたら見逃し、中腹が通りすぎたら一気に巳水関を制圧する。門は開けた状態で、上から旗のみを火で照らしておいてくれ」
「……わ、わかりました」
「趙雲は出てきた華雄軍の華雄のみを狙い、討ち取って欲しい。残った兵は趙雲に道を作ってくれ。華雄さえ討ち取れば敵兵は一気に浮き足立つ。そこを狙えば必ず勝てる。わかったな」
「は!!必ずや討ち取って参りましょうぞ」
「よし、なら作戦は夜中に始める。一気に倒すぞ!!」
「おぉ―――――――――!!」
作戦は伝えた。後はみんなに頑張って貰うだけだ。
汜水関前 衣笠 22:00
「時間だな。張コウ、頼んだ。」
「……か、かしこまりました」
張コウ隊が付近の森林に近い所を通りながら汜水関へと向かう。あの部隊が成功しなければこの作戦は失敗に終わる。成功を祈るしかない。
「ここにいる五人は伝達部隊になって貰う。俺から趙雲、そして張コウの二人へ命令があれば走って貰う。頼むよ」
「はい」
準備は整いつつある。後は華雄からの動きを待つのみだ。
「殿、華雄が出てきました!!」
よし、読み通りだ。
「まだ動くな。もう少し近寄って来てからだ」
徐々に近づいてくる人、馬、そして武器。これが戦というものか……。
「殿、どうやら半数は孫堅軍へ向かったようです」
「好都合だ。全軍突撃!!」
「おぉー――――――――!!」
俺達の戦いが始まった。
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汜水関前 趙雲
「どけい。華雄は何処にいる!!正々堂々勝負しようぞ」
私の働きでこの戦いは雌雄が決する。負けるわけにはいかない。
「ぐあ……」
「雑魚が何人束になろうと勝てはせぬぞ!!」
一振りで一人の人間を討つ。血生臭い匂いが服や髪に染み付く。非常に不愉快な匂いだ。しかし止まるわけにはいかない。進む先に馬に乗っている男を見つけた。
「我が名は趙子龍。華雄将軍とお見受けする」
「如何にも、俺が華雄よ。女にしては見事な槍捌き、相手にとって不足なしよ」
華雄は笑いながら槍を構える。豪傑と呼ばれた華雄将軍。どれ程の腕前か……。
「行くぞ!!」
少し重い槍の振り下ろし、そしてそれを受け止めるとそのまま一気に突きへと転ずる。
「ほう、頭を振って避けたか。よくかわしたな、ならば!!」
更に続く攻撃。しかし、
「私の敵ではない!!」
「ぐあぁぁ……」
首へと一突き。たった一回の攻撃で華雄将軍は避けきれずに死んだ。
「華雄はこの趙子龍が討ち取った!!」
殿、やりましたぞ。静かに安堵の息を吐いた。
汜水関前 衣笠 23:00
「衣笠様、張コウ様が汜水関を落としたようです」
「……そうか。わかった」
非常に気分が悪い。俺はまだ人が死ぬのを見たことがなかった。しかし目の前で起きる惨劇に酷い吐き気がした。槍により刺される人、矢で撃ち抜かれる人、首が落ちる人……現代人の俺には見るに耐えなかった。しかし耐えなければならない。この作戦は俺の手によるもの、俺が作った戦だ。見なければならない。それが俺の……役目だ。
「衣笠様、趙雲様が華雄将軍を討ち取ったようです。敵が散って行きます」
「……よし、一度趙雲に引き返すように伝えてくれ。そして張コウに逃げてくる兵は見逃せと伝えてくれ」
「は!!」
どうやら勝った様だな。辛い心境ではあるが勝ったということに小さくガッツポーズを取った。
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本陣 曹操
「盟主様、汜水関が落ちた模様です」
「そうですか、想像以上に早かったですね。誰が落としたのですか?」
「は、衣笠軍との事です」
その発言に周りの将達のよどめきが感じられた。名すら無い者が僅か数日にして華雄率いる軍を破り、汜水関を落とす。並大抵のことではありません。しかも孫堅は手を貸していないと見る。あの者が得体の知れぬ者を用いる筈がありませんからね。
「衣笠……」
どうやら妾の思っている以上に面白い男の様ですね。そんな男を我が軍門に降らせる……ふふ、楽しみが増えましたね。
「それでは、妾達も汜水関へ移動します。陣を払いなさい」
自分でも口元が笑っているのがよくわかった。何より未知数の人間を知るのは楽しくて仕方がない。
「ですが、もう少し実力を知りたいものですね。次の戦にも出陣して貰いますよ、衣笠軍よ」
次の戦場、虎牢関での準備は少しずつ進んでいた。
第4話 完