仲間
果てしなく広がる大地、澄み渡る空、流れてくる風は草木の匂いを感じさせる。
ビルや電柱、アスファルトすらないこの地は非常に殺風景極わりないが、これが大地の元々の姿なのだろう。そして歩き始めて少し経つがなかなか城には着く気配が見えない。一体どのくらい距離があるのだろうか……。
溜め息を吐きたくなるな。
そして、ようやく門が近くなってきた。すると、門の前に人がいるのがわかる。一体何をしているのだろうか?
「女のくせにでしゃばるんじゃねえよ。身ぐるみ剥ぐぞこら!!」
言葉がわかる。何かすごく嬉しい……。それは良いとして、何やら男達が女性を囲んでいるようだった。というかヤクザみたいなしゃべり方だなおい。
「貴様らのような輩がいるから治安が悪くなるのだ。元黄巾の山賊風情が失せなさい」
女性は長い槍を持ち一切たじろぐ事なく男達に良い放った。
元黄巾の山賊か。確かに本にも黄巾族の長、張角がやられてから残された族は散り散りとなりその大半は山賊やらになったと書いてあった。本当なんだな。
「手を出さなければいい気になりやがって……殺しちまえ!!」
一人のリーダー格らしき男が言うと男達は一斉に得物を取り出し襲いかかった。
これはヤバイと俺は一気に走り出したが、何かが俺の前に飛んできて行く手を阻んだ。これは……賊の一人ではないか。
「山賊風情が力量を見極めてから挑みなさい」
足下から前を見るとそこには女性しか立っておらず男達は全員倒れていた。
「ぐっ……お、覚えてやがれ」
三流の台詞を吐き捨てて山賊は去って行った。あんな奴等が普通にいるとは……怖い世の中だなここは。と、客観的な目線で語ってみるが、
「そして貴様は何者だ」
当然俺も当事者には変わりないのだ。
「返答によってはあいつらと変わらぬことになるぞ」
女性は此方へと歩みより、槍の切っ先が此方へと向けられる。改めて近くで見るととても綺麗な整った顔立ちの女性だ。
「……」
しかし何と言えば良いか分からない。未来から来たとかは明らかにアウトだ。絶対に通じない。
「何だ?黙りか。ならば貴様も山賊として成敗いたす。得物を出すが良い。無駄だとは思うがな」
明らかな死亡フラグ。むしろこのまま殺されれば元の世界に戻れるかもしれない。どうも出来ないのなら何も抵抗しない方が楽だ
「……」
振りかぶられる槍。そして一気に降り下ろされる……。
死を覚悟した。あまりの事に思わず目をつぶった。
……しかし、何も来ない。恐る恐る目を開いてみると槍は、当たる寸前で止められていた。
「……何故抵抗をしない?」
「……そんな力が俺にはないから」
思わず口が動いていた。その言葉に女性は何かを感じたかのようにゆっくりと槍を戻した。
「一つ聞かせてもらいたい。貴方は今の乱世をどう思う?
力有るものは台頭し、官職で民は虐げられ、領土を増やすために様々なところで戦が起こっている。こんな世をどう感じる」
「……戦いは良いことじゃない。だけど此方がなにもしなくても、敵は襲ってくる。だから人を守るために戦わなければならないこともあると思う」
俺が最初に読んで感じた三国志の感想だ。まあそれは日本に関しても変わらない。歴史とは同じことを繰り返すものだ。
「平和にするためにはどうすれば良いと思う?」
「天下を誰かが統一すれば戦はなくなると思う」
天下統一。以前したゲームに似たような言葉を使ってみたが、どうなのだろうか?所詮は綺麗事でしかない。そんな言葉を彼女はどう感じるのだろうか。
「もしも、貴方に力があればどんな世を作るか?」
「安心して生活出来る世の中が一番だと思う」
「左様か……」
女性は一度空を見上げて俺の方を見た。
「お願いがあります。我らの主になっては貰えませぬか?」
「主?」
「はい。平和な世を作るためにはそれに値する主を見つけなければなりません。貴方様のような考えをお持ちの方なら力になりたいと思います」
「でも何で俺を?こんな志くらいなら他にもいるんじゃないか」
「貴方は私が襲われる瞬間に走って此方へ来ようとしました。それは理由はどうあれ、私を助けようとしたのではありませんか?
それを私が山賊の仲間だと勘違いしてしまいあのようなことを……面目御座いません」
頭を下げた女性。展開が何となく読めて来たぞ。
「以前にも見ている人はいましたが貴方の様な方は今までに居りませんでした。貴方は誰であれきっと助けようとした筈です。改めてお願いします。我が主となってください」
これが徐州に向かえと言われた意味か……。ゲームで言うイベントだ。つまりは仲間を作れという意味らしいな。でなければこんな展開は有り得ないだろう。
「わかった。こんな俺で良ければ力になろう」
「ありがとうございます殿」
腕を一気に掴まれてブンブンと振られる。この人はクール系のキャラでは無いのかもしれないな。
「早速城内へ。ご案内いたします。」
手を引っ張られ中へと入ろうとすると突然振り返り言った。
「言い忘れておりました。我が名は趙雲。趙子龍と申します」
「えっ?あの趙雲?」
「どの趙雲かはわかりませんが、私は武に長けております。この力存分にお使い下さい」
そう言って微笑む趙雲。あの三国志で蜀にいた関羽より強いと言われるあの趙雲が……女性だと!!
「殿の名を聞いてよろしいでしょうか」
「えーと、衣笠 康平という名前だよ」
「衣笠 康平。字はまだ無いようですね。わかりました。よろしくお願い致します殿」
この時代の名前には三つ意味がある。一つ目は姓名、今で言う名字で趙雲なら趙。二つ目は名、今で言う名前で趙雲なら雲。そして最後に字だ。
字は成人すると同時に新たな名前をつける風習で、通称のようなものだ。趙雲なら子竜となる。少しは勉強したのでこのくらいの知識は有る。
と、そんなことはどうでも良い。趙雲が女?何でだ?
『設定は少し変えたがな』
「こういう事か……」
「何がですか?」
いや、何でもない。と頭を振り何も書いていない本の表紙を見つめた。何気なく一枚開くとそこには、
『理解したかえ?』
うるさいわ!!という声を喉元へ止めて前を見るとそこには城下町が広がっていた。
「ここ徐州は、現在陶謙という老人が長きに渡りこの地を治めて居られます。陶謙殿は善政を働くということで民もまた陶謙殿を慕い、町自体に活気が溢れ、市などもよく開かれております。良い場所です」
確かにみんなよく笑っているし、人の行き交いも多い。だけど一つだけどうしても気になることがあった。
「なあ趙雲。さっきから気になっているんだけど、何でみんな此方を見てるんだ?」
道行く人は皆一度は必ず此方を見ている。すれ違う人は立ち止まる程だ。なんでだろうか。
「言うか言うまいか、悩んでいたのですが、殿のその服は異国の物でございましょう。きっとそれが珍しいと感じるのでしょう」
それは盲点だった。流石にこの時代にはジーンズにパーカーを着る奴は一人も居ないだろう。まだ技術すらない。
「そういうことか。ありがとう趙雲、謎が解けたよ」
「お役に立てたなら何よりです。それよりもあの屋敷にもう一人仲間がいます。早速参りましょう」
そういうと更に早足になる趙雲。もう一人の仲間?見当がつかないぞ。一体誰なのだろうか?
「ここです。少々お待ち下さい、呼んで参ります」
そう言って趙雲は中へと入って行った。見るからに宿のような感じだな。取り敢えず来るまで待っていようと思い壁にもたれ掛かった。
少ししかまだ経っていない筈なのに疲労感がすごい。図書館で変な少女に逢ってからここまで疲れる出来事しか起こっていない。挙げ句には殺されかけてまでいる。これから一体どうなるのだろうか……。
物語とは言われたがクリアの条件が一切わからない。天下統一?死ぬまで?はたまた他にあるのか?見えてくるものがない。
しかし趙雲が仲間になったと言うことは蜀系の物語ということになるのだろうか。だったら俺の数少ない知識も発揮されるという事だ。
だとすれば誰が来る?関羽、張飛辺りが妥当なところじゃないか。序盤だしな。
「お待たせ致しました」
考えに更けていると趙雲が来た。その後ろにも人影がある。もう誰だろうと驚くことはないだろう。
「この方が私の殿となる、衣笠 康平殿だ。私の後ろに隠れていないで挨拶くらいはしてくれないだろうか?」
その言葉に、は、はい。と小さい声で喋り前に出てきたのは、可愛らしい少女だった。
「……お、お初お目にかかります。……張コウ(ちょうこう)、張儁乂と申します。……以降よ、よろしくお願いします」
「張コウ!?」
「ひう……」
張コウは俺の声に驚いたのか、直ぐにまた趙雲の後ろに隠れてしまった。めちゃくちゃ気弱なようです……。
「説明しますと、私は元々袁紹殿の配下にいました。しかし、袁紹殿は確かに名家の名に恥じない人物ではありましたが、少し難がございまして。何をするにも直ぐに名家という事を用いて鼻にかけるという所があります。
名だけで民は従うと思い、偉そうにしているだけの人物と仕官して直ぐに分かりました。
そんな人物に仕える気にはならず。早々に立ち去ろうとしましたところ、張コウと出会いまして、共に放浪者になりました。
つまり私共は袁家にから来たということになります。しかし最早袁家とは何の関係もございません」
確かに趙雲は袁紹の元から去って放浪したということは知ってはいたが、まさか魏に降る筈の張コウがここにいるとは思わなかった。
「何処にいたか何て関係ない。力になってくれるなら助かるよ。此方こそよろしく頼む張コウ」
手を差し出すと、警戒しながらも一応握手はしてくれた。やばいな、すごく可愛い……。
「張コウも今はこんな感じですが私と同じで武に優れております。私共々誠心誠意頑張りまするでしょう」
元気な趙雲と、は、はい。と蚊の鳴く様な声で喋る張コウ。
この二人と頑張って行くと思うと多少まだ不安な点はあるがどうにかやって行けそうなそんな気がした。どうしてだろうな?
「それよりこれからどうしたらいいかな。見当が付かないんだけど」
「殿、まずは名を上げる事です。袁紹殿の事を言うわけではありませんが、人は皆大義を持つものについて参ります。その為には善政や善行をすることで民の評価は上がるでしょう。
丁度、帝の名を使い悪政を働いているという董卓を倒すべく連合軍が各地より河南の陳留に集結しているようでございます。その連合軍に名乗りを上げ共に戦い、董卓を倒せば名は上がりましょうぞ」
「……か、河南はここから近いです」
これは行くしか無いだろう。三国志においてもかなり大事なイベントだ。これを逃してはいけない気がする。
「わかった。まずは連合軍に名乗りを上げよう。二人共、よろしく頼む」
こうして俺達は河南の陳留へ向かうこととなった。
第2話 完