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翌日、天気は晴天。俺の心は曇り空。
「アンナさん、申し訳ないけど、クッキー出来たら、一階の客室まで持っていて」
「かしこまりました坊ちゃん」
「エインスさんは、お茶を入れてて欲しい。多分もうすぐいらっしゃると思うから」
「任せてください若様」
「ところでさ、二人が言っていた通りの服を着たんだけど、本当にこれでいいの? 間違ってない? むしろ、間違ってて」
「間違いありません。よくお似合いですよ坊ちゃん」
「若様の気品を最大限に出せる服かと」
「そっかぁ」
俺は、ラッキーストライク家の紋章が縫いこまれた煌びやかなマントを見ながら、おざなりに返事をした。壊滅的に似合ってねぇ。大体、紋章が角の生えた翼竜っていうのが恥ずかしい。嫌だ。着替えたい。
「「お父さんなんかてつだいたい!」」
「エミィとケントは、ピースがもうすぐヴィラ嬢を連れてくるから、それを笑顔でお迎えして、一階の客室まで案内してあげて。出来るかな?」
「「できるー!」」
「よし、いい子たちだ」
すまない、父さんは出迎える勇気はないんだ。出迎えとかしたら吐きそう。情けない父さんでごめんよ。
「若様、他の皆様方は?」
「今日だけは、エミィとケント以外宿をとってもらってます。あんまり、高位の冒険者が一つの場所に固まってお出迎えするのはよろしくないと思いまして」
「あらま」
「ふふふ」
「…なんなんですか二人とも」
「いえね、坊ちゃんがしっかりと貴族同士の対応を覚えてらっしゃるのを見て、懐かしくなっちゃって。前なんか、貴族の方がお見えになった時…」
「勘弁して下さいよアンナさん! ほら!玄関からノックが聞こえてます! ピースが来たみたいですから準備パパッとやっちゃって下さい!」
「はいはい、ふふ」
ほんとこの人達には敵わない。
双子が玄関に駆け出していくのをみて、アンナさんとエインスさんに今後の指示を軽く。あくまで食事会だ。正式なものでもないので、大雑把な指示だけを出しておく。
さて、向かうか。そう気合を入れ直し、俺は客室へと向かい、その扉を開けた。中は、昨日の段階で掃除もしているし、飾りも豪華にしてある。負けるわけにはいかんのだよ! ヴィラ嬢の気品とやらには!
気高さ溢れる椅子に俺は腰をかけて、相手を待つ。すると、しばらくして、ノックが響きわたった。
「父さん、いらっしゃいますか?」
「いるよ、入ってもらいなさい。ヴィラ嬢にもご迷惑がかかってしまうよ。」
「失礼いたします。」
そう言って入ってきたのは、そうだね、あれだわ、深窓の令嬢。これ。こんな方をこんな汚くて貧相な部屋に招いたのが間違いだったわ。
「お目にかかれて光栄です、ラーク様。私は、ヴィラと言います。ぜひ、お話させていただきたく、本日、お伺いさせて頂きました。」
「そんな恐れ多いよヴィラ嬢。爵位は貴方様の方が上なんだ。そんなかしこまる必要はないよ。ささ、そこにかけて」
「父さん? だいぶ顔色がすぐれないようですが…?」
「気にする必要はないよ、気にしないで」
父さんは今猛烈に胃が痛いだけだから。
二人が着席するのと同時に、アンナさん、エインスさんがお茶とお菓子を持ってくる。双子はそれを手伝っていたようで、机にお菓子とお茶を並べると俺の横に座って食べ始めた。
「こら、ケント、エミィ。先に食べ始めるのはヴィラ嬢に失礼だろう。ヴィラ嬢すまない。まだやんちゃな年ごろの二人で。礼儀を損なう行為をしてしまった」
やめろ双子よ、胃に穴をあける気か。
「ふふふ、いえ構いません。先ほど出迎えを二人にしていただいた時、まるで天使がきたかと。天使が行うことを諫める気などありません」
「すまない、恩にきるよ」
「ほんとうにごめんよヴィラ、後で二人にはちゃんと言っておくから。」
ピース、お前は本当にお父さんを助けてくれる。ナイスフォローだ。
「ところで、父さん。結婚の件なのですが」
そうだわ、元はお前が原因だ。油断した。
俺は息を飲む。大体、俺の許可がいるか? その判断を委ねるのはやめてくれ。胃が痛いから。
だが、口火をきらないわけにもいくまい。
「そうだね、ピース。その前に、ヴィラ嬢に確認を取らせてほしい。私はもうピースとは法律上なんの関係もない立ち位置にいる。だが、そんな私にピースは貴方様に会ってほしいと言った。私が貴方様と会うのは、烏滸がましいほどの爵位の差があるにも拘わらずだ。知っていることかとは思うが、それはピースが私の元奴隷であったからだ。この事実は変えようがない。元奴隷だ、彼は。しかも、ラッキーストライク家というたかだか毛の生えた爵位持ちの元奴隷だ。それを高貴な貴方様はどう考えているのか、そこだけお聞きかせ願いたい」
「意地悪な質問をするんですね、ラーク様は」
そういうと彼女は微笑んだ。
「ラッキーストライク家、その当主である貴方が如何にこの国において重要な存在か、私の爵位なんて飾りにすぎません」
そう言ったあと、彼女は少し言葉を詰まらせた。そして、自嘲気味に笑うのだった。
「いえ、違いますね。こんな表面だけの言葉はラーク様も望んではいないのですよね」
少し息を整えた彼女は、頬を真っ赤にしてこちらをむいた。おいおい、まさかいっちゃうのかよ、そこまでは期待してないぞ! 深読みはやめろ! やめてくれ! そうじゃないと!
「私はピース様をお慕いしています! たとえラーク様に反対されても! 添い遂げてみせます!!」
ああああああああああ!! 体がムズムズするぅううううう!! 砂糖が! 砂糖が口からでるよ!!
「いや、父さんに反対されたら結婚は考えなおそう」
「えっ!?」
「ふざけんなてめぇええええ!! こんな美人、しかもゾッコンラブハート捕まえやがって!! 絶対幸せにしないとゆるさねぇからな!!」
俺の言葉を聞いたピースは、にやりと、ほんとうにねばっこい、影のある微笑みを浮かべて言い放った。
「こういえば、父さんなら絶対そう言ってくれると思ってましたよ…。」
野郎ぉおおお!! 年長者なだけあって俺のことよく分かってるじゃねぇかくそったれ!!