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ラークの名のもとに  作者: 由比ケ浜 在人
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散々な目にあった午前だったが、午後からは用事があるため気持ちを切り替える。本来ならば、今日一日は暇(働いてないから)だったが、ピースから、明日ぜひ花嫁に会ってほしいとのことだったので、少し予定を早めて用事を消化することにした。


屋敷を出て、東へと向かう。この公国の首都でもあるここヒストワールは、西に主に住宅街が立ち並び、東には主に商店、国の役所などの機関が立ち並ぶ。南には国営の鉄道が走っており、交通の要所。そして、北には、貴族の屋敷が立ち並び、そのさらに北に城がそびえたつ。このように明確な区分があるため、自分の目的地には割と方向感覚だけでつけたりするのだ。


(しかし、転生した当初はファンタジーだとは思ったんだがなぁ)


というのも、この世界ある程度科学、いや正確には魔法科学と呼ばれるものが進んでいる。魔法により圧縮をかけたエネルギー媒体、通称マギア。これをうまく利用し、いたる所に使われている。街灯しかり、機関車も例にもれず。驚いたのは、一応車もあったり、飛空艇も存在することである。しかし、車は法外なほど値段が高く持っているのは貴族、王族、もしくは有力な商人だ。ある種、車を所有しているということが”金持ち、権力持ち”のステータスになる世界なのだ。車のために、首都の南から北にかけての大通りと、西から東にかけての大通りが整備されたという話もあり、その大通りはファンタジーというよりは、20世紀初頭のフランスやイギリスの大通りといった風に転生した段階では思ったものだった。さて、そんな車だがうちは持っておらず(買えないことはないのだが働いてない身分で所有は些かためらわれた)、こうして徒歩で西から東へと移動している。元々は商人の家であるラッキーストライク家は北には住んでおらず、西からの移動ということになるが、そんなことに不満をもらすのは、うちの娘のレスカである。


「父様、いい加減車の購入を考えてください。」


レスカは、黒髪ロングヘアーの20歳の淑女である。背は男の俺に迫るぐらい高く、スタイルはこいつ本当に同じ人間かと思うほど素晴らしい。そんなレスカは、腰に剣をさし、鋭い目で周囲を警戒していた。その様子をみるとしっかり冒険者やってるんだなと普段とのギャップに驚く。今日、俺が出歩くということを聞いたら、では私も、という具合でついてきている。


「ん、レスカは車がほしいのかい?」


確かに出歩くとなると少しばかり距離はあるが。


「いいえ、そういうことではございません。父様は、”ラッキーストライク”の当主なんですよ? 無警戒に表を歩いていい人物ではないことをしっかり自覚してください。今日も、おひとりで出かけようとなさいますし、あなたにもしものことがあったら私、死にますよ。」


お、重ぇ...。こんな風に、うちの息子・娘たちは、俺がどこかの王族のように感じている節がある。こんなプー太郎にそれまでの価値がないことを俺は逆に知ってもらいたい。


価値があるというのなら、それはむしろ息子・娘たちのほうになる。彼ら、彼女らは冒険者として一流であり、公国から直接依頼を受けることだってある。だから毎回、依頼が終わる度に、俺に報告しにくるのだがその金額が半端じゃない、それを俺にぽんと預けるので、小心者の俺としては、胃が痛い思いをしている。もちろん、その金は俺が彼ら、彼女らを購入した際のお金の返金に充てられてはいる。これは、”買い戻し”といわれる行為であり、法的に奴隷が公国の市民権を得る方法の一つである。これにはかなりの金額が必要となってくる上、奴隷の主には購入した際の95パーセントの金額しか戻って来ない。そんな形式だから、”買い戻し”が行われた場合、購入した側の奴隷の主は5パーセント損(その他の生活にかかった費用は別途奴隷が払う)になるから、奴隷にまともに稼がせない、あるいは、賃金をかなりの少額にするなどの違法行為が横行している。自分としては、”買い戻し”をさせてあげて、市民権を獲得してもらいたいので、お金を返金という形で受け取っている。なので、その返金が済めば、もう自由に生きてほしいというのが俺のスタンスなのだが、このスタンスを全く理解してもらえない。返金が終わった後も、彼ら、彼女らは、俺にお金を持ってくるのだ。それが本当に信じられない額なので、ちゃんと貯金したり、息子・娘たちには、何かと理由をつけてはお金を渡している。それでも、冒険者として必要な出費をしたら、また俺にお金を戻してくるのだ。お前ら、自分のほしいもんとか買えよって毎回思う。むしろ、自分たちの家でも買ったらいいと思う。


まぁ、だからというかなんというか結婚とか明日の花嫁との会合とかいう、息子・娘たちのためにお金を使えるイベントは都合がいい。普段お金をほしがらない分これでもかというほどつぎ込んでやる。


「そうはいっても、ちょっと買い出しと用事を済ませるだけだし、そんな大げさな。」

「大げさではないです。出かけるときは、誰か護衛を。そうでなくても、こんな風に表を歩くのはあまり感心しません。馬車、やはり、車といった移動手段をとるべきです。」


その言葉にやはり俺は曖昧な返事しかできない。


「まぁ、考えておくよ。」

「ぜひ、そうしてください。」


そこで会話を区切って、俺は懐から煙草を取り出した。こちらの世界でも煙草を見つけたときは、転生前から吸っていた俺にとっては、地獄に仏だった。右も左も不安定なころ一種の精神安定剤みたいなものであり、そのころの癖が抜けず、こうやって吸ってしまう。


「煙草ですか。」


そういうとおもむろにレスカが人差し指を向けて、その先端から火を出す。うーむ、散々ファンタジー臭くない、みたいなことを言っていたがこういう魔法を目にすると、やはりファンタジーだよなぁ。


「すまない、ありがとう。」


そういって、レスカに火をつけてもらう。あんまり人の前で吸うのは感心できる行為じゃないが、屋敷で吸うより、やはり外にいる時に吸いたい。申し訳なく思い、レスカを見ると火をつけた後も、こちらを見つめていた。


「レスカは煙草ダメじゃなかったよな?」

「いいえ、そういうわけではなくて。煙草は健康によくありませんが、その、父様が吸っている姿がなんとなく好きで。」


あぁ、俺も昔あったなぁ。あの匂いは嫌いだったが、吸っている姿を見て親父だなと感じた部分もあったし。


「…むしろ父様が好きで」

「ん? なんだって?」

「いえ、なんでも。」


しっかし、こんな5歳しか違わないやつに父様とか呼ばれてる俺よ、前の世界だったら下手したら通報されかねないぞ。


一時期そのことについて、真剣に悩んで全員集めて「父さんとか呼んでもらうのちょっと嫌だったり…テヘ」みたいな感じでいったら、息子・娘たちが死のうとしたり発狂したりしたもんだから、この呼び名いつまでも変えられずにいるので、もう直せなんてはいわないが。あいつら、みんながみんな特殊な過去を持っているせいで異様に”見捨てられる”と思わしき行為に反応する。俺としては、早く屋敷を出て自由に生きてほしいのに、いつまでも”買い戻し”が済んだ奴らを屋敷にいさせておく要因の一つにもなっているのだ。レスカもそんなうちのひとりで…


「…でも最近すっごく煙草が憎いんですよ。だって、父様の唇を5分間も一人占めにするんですよ。本当に生意気ですよね。たかが葉っぱの分際で。ええ、本当に由々しきことだとは思っているんです。もう、世界中の煙草全部燃やし尽くしてやろうかなって。でもそうすると、父様が煙草を吸えなくて困ってしまう、ええ、これは由々しき事態です。父様を困らせるなんて、それこそ死にたくなります。ああ、どうしたらいいんでしょうか、この煙草に対する憎しみ、この悩み、父様はどう考えますか?」


「…ああ、今日はいい天気だねレスカ」


本当に空が青いや。

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