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自室に戻って、ピースの結婚についてよくよく考えを巡らせてみた。ひとつ、ピースは結婚する考えらしい。ふたつ、相手は、貴族の娘、しかも最高位の。みっつ、相手も結婚乗り気であるらしい。よっつ、俺にその息女を会わせたいらしい。不味くね? 俺なんかがあっていいのか? 一応、ラッキーストライク家は商人の家系ではあるが、小さな爵位をもっており、一応貴族でもある。まぁ、昔、ちょっとしたことで貰った本当に名ばかりのものなのだが。そして、はっきり言ってしまうと現在、ピースと俺には法的な繋がりは一切なくあくまで他人であるということ。そんなどこの馬の骨とも分からぬ輩が息女と会ってよろしいのかと考えが再び巡ってしまう。それでも、
「結婚かぁ....」
これは非常に喜ばしいことである。ピースは自分の意思で、自分の今後を決めたのだ。それを後押しするためならば、どれだけ胃が痛かろうが息女と会うのも我慢出来る。あいつには幸せになってもらいたい。そんな考えをしていると、
「ブサイクになってますよ、父さん。」
来ましたよ、反抗期ガールが。
「考えごとしてたんだよって、このくだり朝一にやったよね?」
「そうでしたっけ? 忘れました。」
なんて可愛らしく首を傾げるアーネット。いつからこんな毒舌な娘に...
「ところで父さん、ひとつ質問があります。」
「お、なんだ珍しい。言ってみ?」
「今日朝食の時に、ピース兄さんが、出て行くのは寂しいということを仰ってたこと覚えてますよね?」
ああ、あの言い訳か。
「ああ、確かに言ったよ。」
「昨日、私には早く旅立てといったのも覚えてらっしゃいますよね?」
「うん、もちろん覚えてる。」
自由に生きて欲しいという気持ちからの発言だった。この子はこんな屋敷にとどまっているには惜しい才能を秘めている。
「どうしてですか?」
「ん? ごめん、質問の意図が良く分からないんだけど...」
「ピース兄さんには残ってほしい、私には出ていってほしい。これはどういうことですか?」
その言葉を聴いた瞬間、やばいと直感的に感じた。前を見ると、目のハイライトを失くしたアーネットが。この子はたまにこんな感じになることがある。そして、どうしようもなく死を連想させるのだ。もし、ここで、俺が言う言葉が、彼女の心に響かなければ...。
「ねぇどうして?父さん?」
今回のは一段とマズイ気がする! しかし、俺とてこんなアーネットと長らく過ごしてきたのだ! 対処の仕方は分かっている。
まず、ゆっくりと抱きしめ、アーネットを落ち着かせる。
「アーネット。」
「ひぅ」
そして、アーネットが不安にならぬように呼びかける。
「アーネット、俺は同時に言ったよね。アーネットのことが大切だって。それは変わらない。ピースがいなくなってしまうのはもちろん悲しいことだよ。そして、アーネットが出て行くことだってもちろん寂しいさ。だけど、それでも、俺はアーネットに自由に生きてほしいんだ。他でもない大切なアーネットだから。自分の人生を無駄にしちゃいけない。」
そう言い聞かす。そして、ゆっくりと離れ顔を確認すると、しっかりと目にハイライトは戻っていた。任務完了である。しかし、綺麗になったなアーネットは、今の顔だってまるで女の子というより女を感じさせる顔して
「もう一度...」
「ん?」
「もう一度、"他でもない"からもう一度言って下さい。」
そう言いながら、アーネットは枝垂れかかってくる。やはり、この子も寂しがりやなのかもしれない。
「他でもない大切なアーネットだから。」
もう一度言ってやるとふるふると腕の中で震えていたアーネットは、
「仕方ありませんね、父さんが寂しいというのなら、ここに残らないといけません。ええ、仕方ありません。どうせブサイクな父さんには彼女も、ましてや結婚さえ出来ませんから、私が寂しさを埋めなければなりません。本当に仕方のないことです。」
と呟く。しかし、彼女も結婚もできないとは心外な。
「うるさい、父さんだって頑張れば、結婚くらい...
「出来ません。する必要ありません。」
この俺の言葉を聞いてなぜかまた目のハイライトを失くしたアーネットをなだめるという作業で、今日の午前は潰れてしまった。
真面目なことを考えていたはずなのになぁ。