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「おとうさまー。パイが焼けましたよー」
何処まで卑怯な手を使いやがる。頭の中が沸騰しそうだ。うちに解毒が出来るやつは多いが、コイツをぶっ殺して間に合うか? そもそも今ピースはどうなってやがる。
「ああ、ありがとうヴィラ。そこに置いておいてくれないかい? 今、ラッキーストライク殿と話していてね。つまめるものはありがたい」
「あら、ラーク様。ようこそおいでくださいました」
「邪魔してるよ、ヴィラ嬢」
私はヴィラ嬢に軽く会釈を返す。パイの焼けるいい匂いが鼻を突きさした。
「では、まだ料理の途中なので失礼いたしますね」
「いや、突然訪ねたのはこちらだ。気にしないでくれ」
ヴィラ嬢は優雅にくるりと翻ると、一つとなりの部屋へ移動したようだった。
「さて、どうするラッキーストライク? 私を殺すか?」
「ゴミ野郎、そのふざけた口にパイ突っ込んでやろうか?」
膠着状態だ。せめて、ヴィラ嬢の居場所さえ、分かれば。ピースの居場所さえわかれば、この局面を打破出来るが。
「ラッキーストライク、君に聞きたい。その力で、どうする? 飼い犬だけ助けるか? それとも」
「ふざけるな、ヴィラ嬢も助ける、お前は殺す。彼女ももはや、私の庇護下だ、触らせてたまるか!」
「ふっ、そうか」
「おとうさまー! ラーク様の宿泊の用意もしますかー? メイド長が困ってるみたいでしてよー!」
「どうするラッキーストライク殿? 泊まっていかれるか?」
「いや、そこまで世話には」
「一応用意しておきますってー!メイド長がー!」
「泊っていかれるといいだろう、ラッキーストライク殿」
「申し訳ない」
クソ、こんなところで泊ってる場合じゃない。俺には、やるべきことが!
そんな思考に埋没していると、隣の部屋から一人の人物が出てきた。
「あれ、父さん来てたんですか?」
「あぁ、ピース。今来たばっかりだ」
「そうなんですか、兄弟達が来てたのは気配で分かってましたけど」
「ああ、お前を救いにきた」
「? よく分かりませんが、とりあえず私もヴィラの手伝いの途中なので、また」
「ああ、必ず助ける」
そういうと、ピースは隣の部屋にまた戻る。
さて、どうする。敷地内の捜索にはどれだけの時間が必要だ? 目の前のゴミ野郎を拷問して情報を聞き出すことは可能か? その時間でヴィラ嬢は死なない保障はあるか? ピースの生存確認は?
「ラッキーストライク、ヒントをやろう」
クール公爵は優雅に紙を一枚差し出し、私に渡す。
敵からの贈り物なんて虫唾が走るが、今は少しでも情報が欲しい。私は受け取った紙を一瞥する。書かれている内容は衝撃的なものだった。
『ごめんなさい、全部嘘です』
「へ?」
信じられず、目の前の人物をよく見る。
「許してにゃん」
猫手で、そういった。バリトンボイスだった。
「はぁああああああああ!? え何!? 嘘!? さすがにそれは許されないだろ!!」
「だって仕方ないじゃん!! お前怖いんだもん!! なにしてるかわかんないし! いっつも社交場に来ないからどんな人物かもわからないし!! そんな何処ぞの馬の骨とも分からないやつと親戚になんかなりたくないじゃん! 私の可愛いヴィラたんが殺されちゃうかもしれないじゃん!!」
「黙れぇええ中年オヤジがぁああ!! お前何か!? 馬鹿か!? そんなことの為に国の正式文書偽造したのか!?」
「ふぇえ、おこらないでよぉ」
「ぶっ殺すぞ!?」
でも、と公爵は続けた。
「優しい人物でよかった。君はヴィラも助けると言ってくれた」
そこには、ただの中年オヤジがいた。娘を溺愛するが故、命を賭けたただ一人の親馬鹿がいた。
「てな具合でいい話になると思ったら大間違いだぁあああ!!」
「ギャー―――ス!!」
※この作品はコメディーです