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寝むることない夜の街を一つの集団が悠然と歩く。松明が何本か揺らめき、その明かりが闇夜に舞う物を映しだす。それは旗だ。ある家の紋章が縫い込まれた旗だ。その集団はただ北へ。その歩みを止めることはない。酒場が多く、また歓楽街であるこの通りは本来であれば、喧騒と人込みが入り交じり、活気を象徴する場所になっている。そうなっているはずだった。実際、人は大勢いる。酒場の席は満席だ。呼子だって大勢いる。だが、酒場の席に座る人は、闇夜にはためく旗を見ると、グラスを持ったまま、静止し、また、呼子はその集団の顔ぶれを見るや否や、通りの道を一歩でもあけようと、その身を壁際へと寄せる。
「ラッキーストライクだ・・・」
その通りにいる誰かが呟いた。恐ろしく静まり返った通りに、その声は乾いた大地に水をやるがの如く染みわたる。
この場にいる全員が旗を見て悟る。知っているのだ。ラッキーストライクがその旗を持ち、進む意味を。かの当主は、その旗を特別な時にしか使用しない。であるならば、あの集団は歩いているなんて表現すべきではないことを。
「ラッキーストライクが“進軍”してやがる・・・」
その表現が適切だった。目視できるだけでも、30人はいる。その全員が全員、化け物であることは、この国にいるものであれば子供でも知っていることだった。数が数だ。これはもう、軍よりも尚ずっとたちが悪い。
「北へ向かっていくぞ、貴族街のほうだ・・・!」
ある男が言った。その言葉意味は嫌というほど、この場にいる全員に伝わった。
「ラッキーストライクが何処かの貴族を潰す気だ」
「あの人数だ、よっぽどのことがあったんじゃ」
「下手すれば、明日からこの国に貴族がいなくなるぞ・・」
冗談でもなんでもなかった。あそこにいる一人一人が、単独で竜を殺せるのだ。世界最強種と言われる竜を単独でだ。そんな人間を卒業したという称号は、冒険者ギルドより交付される。歩みを辞めない集団の首にぶら下げてある、タグが正にそれだった。そのタグは世界で、“58個しか”作られてはいない。その内の半数以上がこの通りにある。明日にも大戦が始まると言われても、納得してしまうような光景だ。
だから、この場にいる全員が祈るような気持ちでその集団の背中を見送る。それぞれの願は大小様々であったが、一貫して懇願していることはただ一つ。
どうか、この集団が私たちに刃を向けませんように。この通りを何事もなく過ぎ去ってくれますように。
災害だ。嵐だ。この場に一秒でも長く居たくはないが、その集団の前を歩くという自殺行為を行えるものはこの場に誰一人としていなかった。
その集団はただ前を見据えたまま、ゆっくりとした足取りで北へと消えていった。松明の明かりが完璧に見えなくなるまで誰一人として動くことは出来なかった。
集団が完璧に消えたことを確認すると、通りにあった酒場の店主が呟く。
「今日は店じまいだ・・・」
その声に酒場にいた人が店主に視線を向ける。
「今日は店じまいだっていってんだ!! ラッキーストライクが動いたんだんだ!! お前らも見たろっ!! 集団の前にはあのラーク・ラッキーストライクだって居やがった!! 明日には何が起こってても不思議じゃねぇ!! 今すぐにうちにある金を整理しないとなんねぇ!! おまえらも家に帰って直ぐに身の回り整理しとけ!! そうでもしねぇと後悔することになんぞ!!」
もはや悲鳴だった。その大声に触発され、客は金を乱暴に机に置き、蜘蛛の子散らすように去っていく。
その姿を見つつ、店主は思う。
この国、明日には地図から無くなるんじゃないかと。