プロローグ
「おめでとう。今日で君の借金生活は終わりだ」
少女が持ってきたお金をロウソクによって照らされた書斎で受け取り、俺は笑いながらそういった。思えば短かったものだ、なんて5年という歳月を振り返る。奴隷の市場で少女を買って、生活費を工面してやり、いっぱしの冒険者になるまで面倒を見てきた訳だが、それは辛くも楽しい日々であったことは間違いない。始まり方は少々いびつではあったが、少女、いや、もう彼女というべきか、彼女にはこれから自由に生きていって欲しい。もう既に、彼女を買ったときの代金、そのあとにかかったお金も返してもらっている。そう、今この時をもって彼女は自由なのだ。そして、彼女が自由になるのが”俺の役目”でもある。
ならばと、机の引き出しをあけ、一枚の洋紙を取り出す。”奴隷”の所有権を明確に示す魔法のスクロール。これによる奴隷への魔法的束縛が主、奴隷の区切りを生むため、俺は皮肉をもって「人権剥奪書」なんてよんでいるが。
「そして、これもただの紙くずなわけだ」
ただの紙くずならば、保管しておく必要もない。その場で俺は「人権剥奪書」を破り捨てた。こんなものは今後、彼女の人生においては荷物なのだ。そして、彼女が背負うべき荷物は、彼女が決めるべきだ。
「アーネット。自由なんだ。そう君は自由なんだよ。もうこの私にお金を持ってくる必要も、君がとらわれていた屋敷という鳥かごに戻ってくる必要もない」
少女が持ってきたお金を見る。たった5年で冒険者の中でもトップクラスの実力をその体躯に身に付け、依頼を達成してもぎ取ってきたお金だ。この金額を見ると一般人なら腰を抜かすだろうが、俺は逆にこれだけ稼げるのであれば、彼女はこの世界で生きていけると確信する。そして、そのお金を彼女にそのまま返す。
「旅立ちの祝い金だ。もらっとけ」
彼女の腕にすっぽりと収まったのを確認して俺はいう。本当に慌ただしい5年間だったよ。
「さぁ、旅立ちの時だアーネット。振り返らずに自分の選んだ道を進むんだ」
あぁ、思わず目を閉じてしまう。きっと、今彼女は決意の瞳を宿し、そして口にするのだろう。
「嫌です。何いってるんですか父さん」
と。
はは、悲しいと感じているのか、アーネットの旅立ちを。幻聴まで聞こえるくらい。
「すまない、もう一度いってくれないかいアーネット?」
「嫌です」
「なんでぇええええええ!?」
ひまわりが咲いたような素敵な笑顔で全力否定。そんな男を悩殺するようなスマイルまで覚えたか、アーネットの容姿とその笑顔が5年前のものとは全く異なって、時の雄大さを思わず噛み締めてしまう。綺麗になったな娘よ。
「いやいや、父さんなれないながらも父さんぽさ出したでしょ!? あんなにお膳立てもして、感動の別れを演出したよ!? 旅立とうよ!? アーネット旅立とうよ!?」
「嫌です。大体、お兄さん方、お姉さん方も借金を払い終わって、奴隷じゃなくなってもまだこの屋敷にいるじゃないですか」
「それも本当はよくないことなの!いつかはみんなそれぞれに屋敷を出て行ってもらって自由に生きて欲しいんだけど、みんな結局屋敷残ちゃって!」
「けど、助かってるんですよね?」
「助かってるよ!みんな冒険者として一流になっちゃったから、凄い額のお金が舞い込んできて、それを父さんにポンって預けるもんだから、父さんヒモまっしぐらだよ!とどまることをしらないよ!」
「なら、私も残ります。寝坊助の父さんを起こさす役目もありますし」
「いやでもね!?
「それとも!」
アーネットからの大きな声が響く。その声に反応してアーネットを見ると、目尻に涙を貯めてこちらを見上げていた。
「それとも、父さんも私を捨てるんですか...?」
しまった。と素直にそう思った。アーネットが奴隷に落ちた理由、その理由を俺は知っていたのに。奴隷の子の大半がどんな目にあってきたか俺は知っていたのに。アーネットを突き放すような真似をしてしまった。
「そんなことする訳がない。アーネットが俺にとってどれだけ大切か」
椅子から立ち、アーネット目の前に移動し、思いの丈を目を見つめいう。あまりに早くに結論を求め過ぎたのかもしれない。アーネットの心の準備ができて、始めて結論がでるというのに。
俺の言葉に安心したのか、こちらによってきて、俺の胸に顔をうずめた。
「...私は本当の家族になれますか?」
「もちろんだとも。それをアーネットが望むなら」
「...私はいい奥さんになれますか?」
「もちろんだとも...うん?」
「なら、いいです」
アーネットはいつにないすっきりした顔で、そのまま書斎の出口へ向かっていく。
「それではおやすみなさい。父さん」
「ああ、おやすみアーネット」
軽く手を振って書斎から出て行くアーネット。俺はアーネットが元気になったことに満足して、書斎の椅子に座った。よかった、よかった?
「よくねぇよ!結局誰一人自立させることできてねぇじゃねぇか!」
そんなこんなで、現在この屋敷には、俺を含む48名が住んでいる。