挨拶は元気よくお願いします
服装を整え、ネクタイを締めて一息。今日も恒例の教師としての一日がやってくる。そしてその日の始まりを告げる甲高いチャイムの音が学校中に鳴り響く。
何度か訪れている内に見慣れた光景、廊下を静かに、それでいて軽やかな足取りで歩き、俺が務める生徒たちの居る教室の前に立つ。
一度軽い咳を立て、再びネクタイなどの身なりを整える。勢いよくドアを開けると教卓の上に立ち、これまた恒例となりつつある一言を発してから生徒たちの一日が始まりを告げるのだ。
「おーい、お前ら早く席に付けー! チャイムとっくになってるぞこら!!」
その一言で、だらだら、そしてぐだぐだながらも生徒等は時間を掛けて一応席に付く。
なんかこの時点から普通とは違う始まり方な気がしてならない。
初任から今日に至るまで、まだ数日、されど数日、必ず毎授業度にこの台紙を言わねばならない。叱るよりも口癖になってしまいそうだ。
「あのなぁ…お前ら体たらく過ぎるぞ…ちゃんと時間前には席に付け。それにだ、もう少し…こう…背筋を伸ばしてしゃきっと座れないのか?」
一応何人かの生徒はきちんとした姿勢で座っているのだが、その数名を覗いた後の生徒は、全員が適当な座り方をしている。
机に脚を乗せる奴、机に足を掛けてイスをぐらぐらさせて落ち着きがない奴、机に上半身を突っ伏している奴、枕抱いて完全に寝てる奴、後ろ向きの奴、頬杖を突く奴。っとまあ、人それぞれの個性豊かな座り方をしてくれちゃっています。
なんか、教師としての威厳が微塵も感じられない。っというかあるのだろうか、ううん、あるに決まっている。だって教師だから、生徒より偉いし。
「スー…ピー…スー…ピー…」
「…ってか、枕抱いてイビキかいているの誰よ、何しに学校来てるの?」
「…睡眠学習を勉強しようかと思いまして」
「熟睡状態から唐突に起きて喋り出すとかこえーよ、ってか睡眠学習したいなら学校終わってから家で好きなだけ勉強してろ」
「…それは…無理な相談です…」
んむ? 随分と神妙な面持ちで語るところ、もしや訳アリ…家庭とかでの事情でもあるのか。
「なんだ、何か深い理由でもあるのか?」
「…はい」
ふむ。意外だ。
「…遠慮しないで言ってみろ、何だ?」
「その…あの…」
「おう、何だ」
「だって学校で寝溜めしとかないと、家に帰ってからの遊ぶ時間が減ってしまうじゃないですか」
「そうかそうか、なるほどな。取りあえずその枕没収な」
そういって取り上げた際、なんか隣で『あぁ~』と悲痛な悲鳴が聞こえたが放って置いて大丈夫だろう。
「さて、少し余計な時間を使っちまったが、気を取り直して朝礼を始めるぞー」
何にせよ、まだ何も始まっていないのだからふ抜けていてだらしないのも無理はない。しっかりとした朝の挨拶をしなくては、気もしきしまらないというものだ。
「はい、きりーつ」
立った生徒四人
「きおつけー」
足並み揃えている生徒二人
「礼!」
頭を下げた生徒ゼロ人。
はぁい、今日も清々しいくらいムカツク朝礼で何よりです。
てっきり木下と高田くらいはまともな朝礼をしてくれるかと思っていたのだが…。とか思ってたら二人とも顔を下に伏せてやがる。肝心の木下と高田も居眠り中かよ何でだよおい。
とりあえず寝ていると思われる生徒が半分以上を占めていたので、先に俯いている奴全員起こす。
「…んじゃ出席とるぞー」
名簿を取り出し、生徒たちの名前を読み上げる。一応全員起こしたから大丈夫なはず。
「木下ー」
「はい」
「高田ー」
「はい!」
うんうん、さすが高田、いい返事だ。やっぱ学校っていうのは元気があってなんぼ。挨拶もしっかりしてこそだよなぁ。
なんて感心している時ではないか。まだ二人しか出席とってねえし。
「香澄ー」
「あははー」
「……香澄ー?」
「あははー」
返事が笑い声とはこれ如何に。先生どうしたらいいの苦笑いすればいいのかな。
「香澄…ちゃんとした返事をしなさい」
「……?」
そういった途端に不思議そうに首を傾げないでほしいんだけど。
俺何かおかしなこと言った? 言ってないよね? え、何、香澄の中ではあれが『はい』の返事ってこと? この間のコメント欄には『あはは~』は面白い扱いだったよね? 全く区別付かないんだけど。
「…ま、まあ次」
気を取り直して…っと。
「柴木ー」
「っはい!先生!」
何かいい事でもあったのだろうか、なにやら柴木にしてはすこぶる元気のいい挨拶だ。
「ん…? どうした?」
「私のパンティーどうでした!?」
「ちょっと黙っててくれる?」
コイツまったく懲りてねぇ。後でまた職員室に呼び出そう。
「えー、ごほん。し、私枝ー」
「………」
「あれ、私枝ー?」
「………」
「あの…私枝…さん?」
「………」
「…先生が悪かった、せめて返事くらいはしてくれ…」
ここの教室の生徒たちは、朝礼すらまともにこなすのは難しいっていうのかよ…ッ!!
「ええ…と…じゃあ次…」
既に気力が失われつつある、なんかもう、生徒の姿を見習って俺も教卓の上に突っ伏したくなってきた。
とか思ってたら次呼ぶ奴よりによってコイツかよ。
「えーと…寝無木ー」
「……ッスゥ…ッスゥ…」
「寝無木ー」
「…ぐぉーすーぴぃいいい…ぐぉぉおおおすぅうううぴぃいいい…」
野郎…すっげぇイビキだな。まるで俺の声を分かってて適格に掻き消すかのようだ。
「えーと、寝無木は欠席…と」
「…失礼ですよ先生、ちゃんと起きてます」
「そうか、それは残念だ」
…どうやら、この生徒も難儀な事になりそうだ。
まあ、寝てるだけなら他の生徒よりいくらかまともな気がするけど。
「はいじゃあ次ー」
特に気にすることもなく、俺は次の生徒の名前を読み上げていく。
「……んじゃ朝礼は終わりだ、一時間目の授業は体育だから先に着替えて準備しとくように」
そういって、俺は一度教室を後にすると、一旦職員室へと足を運ぶ。
「あいつの名前は確か…」
ぶつぶつと言いながら、校長に渡されていた資料をめくる。
すると、数十枚の資料の中から一枚、気になる名前が見つかった。
~問題児資料~
寝無木大輔
・物静かな性格
・常に寝ている
・運動神経不明
・成績不明
・爆睡魔
「名前は寝無木大輔…資料を見たところ、極度の眠たがりってところかー、じゃねーよ」
何か詳細おかしくね。
「運動神経、成績共に不明って何だよ。ここ学校だろーに分からなくてどうする」
いくら問題児って言われても、この生徒はただ単に極度の眠たがりで、時間を問わずに寝てばかり…。
「…え、こいつもしかして…体育、テストともにまともに受けたことねぇっていうんじゃ…」
そうなると普通にまずい。欠席や早退に比べれば寝てるなんて行為は優しいものだが、学校に来ている以上なんとかして単位つけさせないと。全部余裕の赤点がありえるぞ。
もしそうなったら、校長に何をとがめられるか。
「……少し早いが…簡単な模擬テストでも生徒に受けさせてみるか」
彼らの点数、その成績を見て大体の判断もできるようになるだろうし、やっといて損はないはず。
まあ最初だし、いきなり難しい問題もあれだしな。なるべく簡単なもんで作るか。
そういって、和葉は手に持ったペンを走らせる。
「はは、逆に簡単過ぎて全員満点だったりしてなー」
なんて軽い冗談でいった笑いが、その後の生徒が受けた答案を見てすぐに笑えなくなるなんて思いもしなかったんだ。




