体育の授業を始められません
キーンコーンとチャイムが鳴り、今日の一時間目の授業が始まる。
だが校長による特権とでも言うべきなのかどうなのか。本来なら体育の専門の教師が請け負うはずだったのだが、しかし俺のクラスはそうはならなかった。
全面的に全ての責任を任されている俺は、全ての授業を一人ですることになっている。
ハッキリいって、物凄いしんどい。だが、給料をすっごいサービスしてくれるらしいので、まじめに頑張る気でいる。
そして、今日は記念すべき第一回の授業。しっかりしなくてはな。
「それじゃー出席取るぞー」
周囲にちゃんと声が届くよう声を張り上げると、出席名簿を片手に持った俺は、体育の授業に出ている生徒を一人づつ確認を取る。
「せんせーい」
その中で、一人の生徒が手を上げた。
俺は出席名簿から目を離し、呼んできた生徒に顔を向ける。
そこには一人、律儀に正座し手を上げている生徒が一人いた。
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生徒の名は 『木下梢』
俺に渡されたのは、自分の生徒の性格などが書かれている資料。何故こんなものを?なんて疑問を浮かべながらも、校長から渡された木下の資料に目を通すとこう書かれていた。
木下梢
・おっとりとした性格
・素直で元気のいい笑顔を持つ
・体力は人並み外れ
・人の頼みを断れない
一通り目を通し終えた後の感想から、率直に特に問題のある生徒には見えない。
「…あの…この生徒の何処に問題があるんですか? 体力が人並み外れとか、陸上部とかの運動系は活躍できて良さそうですが」
何故俺はそんな疑問を校長に説いているのか。それは今目を通している資料は、ただの資料ではないからだ。
どうも俺の生徒は問題のある生徒だけを寄せ集めた、いわば問題児の巣窟。今持っている資料はその問題児の一人らしい。
「性格面からも素直とありますし…」
それに校長は、一息つくと葉巻に火をつけた。
おいおいおいおい、いいのかよ。
ここは学校。禁煙の場所で煙を吐くのはどうなのだろうか。
「…その子はね、一度頼まれたら断ることをしないんだ」
その何処に問題がある。逆に物事に関しては色々と頼むことができていいじゃないか。まあ、何でも言う事聞くっていうのは少しどうかとは思うが…。
「例え、それがどんなに無茶な頼みだとしても、だ」
「無茶なって…いくらなんでもできないことは断るでしょう?」
「…その子に関して、別の資料がある、これを見たまえ」
そういって取り出してきたのは、一枚の写真だった。小学生のときの木下だろうか、愛らしい笑顔で映っている姿がある。しっかし今も昔も、オカッパ頭は同じで変わらないんだな。
「これの何が?」
「後ろに映っているのがなんなのか、分かるかね?」
「…後ろ…ですか」
校長に言われた通り、写真の後ろに着目してみる。すると木下の後ろに映っているのは、砂で出来た立派な城が映し出されていた。人だかりの集まる様子を見ると、何かのイベントで作られた展示物なのだろうか。
「ぉ、おお。天守閣ですか?凄いですねこれ」
「…その天守閣だが…それを作ったのがその子だ」
……うん?
この人は一体なんの冗談を言っているのだろうか。今日ってエイプリルフールじゃないよね。それともジョークかな?いやいやありえないそういう雰囲気でもないし。
でもおかしくね。写真で見ただけでも相当でかいことが分かるぞこれ。
小学生一人で作ることなど、無茶にも程が…。
「何かいいたそうな顔をしているが、さっきいっただろう?その子はね、頼まれたことをしたに過ぎないんだよ」
「いやでも、小学生の木下に、誰が天守閣なんて城を作れと頼むんですか?!」
「明確な頼みでない場合、自分の趣味に偏るようなんだ、
仮に城を作って欲しいと、詳細をつけずに頼むと、どんな城を建てればいいか、
それはその子の趣味によって決まるのだよ」
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「…あー…木下…どうした?」
自分の生徒であり、問題児である木下の名前を呼ぶ。
「私以外誰も来てませーん」
そこには、体育座りをしている木下以外に誰も居らず、俺と木下の二人だけが校庭の真ん中で立っている。
「……うん、知ってた。先生は生徒が一人しかいないという現実を逃避していただけです。それで木下……他の奴等は今何をしているか分かるか?」
「えっと、殆どの生徒は外周マラソンとかいって、休み時間にバッグを持って出かけたまま帰ってきてません」
俺は一言も外出マラソンをするとは言ってはいない。しかも、それは授業が始まる前から外に走りにいったという。それもバッグを持ったまま。そこで考えられるのは一つ。
なんて授業に積極的な奴らなんだろうか。おまけに手荷物を持って外周マラソンなんて、やる気があって関心関心。
俺は笑顔で二度頷くと、持っていた出席名簿を叩き付けた。
「っはい!アウトォ~!!一時間目の体育終了ぉおおおお!!!」
この日、一時間目の体育が行われることがなかった。
…・…・…・…・
「というわけで今度こそ体育をします!」
翌日の授業一時間目、本来なら数学の授業。だが昨日のことがあったため強制で体育をすることにした。
時間割は日にちごとに決まっているものだが、全ての責任を任されているからなのだろうか、このクラスだけは俺独自で組んでいいとのこととなっているのだ。
生徒から文句の言葉が発せられるが、その文句を軽く受け流す。これくらいの文句を軽く受け流せる程度の技術がなければ、この教室では生きてはいけない。
「文句ゆーな、昨日颯爽と帰ったお前達が悪い!」
どこにも逃げないよう、教室で男子全員が体育着に着替えるまで見張る。とはいっても、女子生徒の着替えまで見張れるわけもなく、女子は全員更衣室で着替えるのだが。
「おいせんこー、俺等だけ見張ってたら女子達が逃げるんじゃねーかのかよ」
一人の男子がその点について文句をいってくる。
なるほど、その盲点についてを問うか。だが俺は馬鹿ではない。その点に関してなら、もう予め手は打ってある。
「それなら抜かりはない…この俺を誰だと思っている?」
「え、教師でしょ」
当たり前のことだが、俺が男である以上、女子更衣室を覗きにいきたいよ観察したいよそりゃあ。
「本音漏れてんぞ」
「おっと」
いかんいかん……、思っていたことが口に出てしまったか。
でだ、しかしそんなことをしたら捕まってしまう。そこで俺は考えたることにした。
そして気がついたのだ。俺の元には木下という、頼めば何でもいう事を聞いてくれるもう一つの目があることを!
俺は先生だ。文句を言おうが何を言おうが、教師の権限によって断るとかそういうの無いからな。
「最低だなおい」
また思っていたことが口に漏れていたようだ。生徒から何か言われるが俺は気にしない。
で、木下に見張っていてもらえばいいのではないかと、すぐにピンときた俺は自前に木下に相談していたのだ。それに木下は快く引き受けてくれた。
もし女子の動きに何かあれば、すぐ木下が俺の元に来て知らせてくれるということにしてある。
だが、こうして木下がやってこないということは、つまりは大丈夫だということなのだ。
男子の着替えが終わり、男子生徒を引き連れていく。外で出席確認をしてみると、教室で寝たまま、どうしても起せなかった男子生徒一人を除いて、全ての男子はちゃんと揃っているようだ。
「よし!」
俺はガッツポーヅをして喜ぶ。しかし、男子は揃っているものの、女子が中々やって来ない。
「あいつらおせーな…」
…まあチャイムが鳴るまでまだ時間はあるしな、もうすぐ来るだろ
そう考え、時計を気にしながら女子が来るのをまだかまだかと待つ。のだが、等々チャイムが鳴り始め、それからあと5分だけと思いながら待つものの、一向に女子がやって来なかった。
「…あともう少しだけ…待ってやるか」
・…・…・…・
あともう少しだけ、そう思っていた時期が私にもありました
そういって女子を待ち続けてからどれくらいの時間が経過したのだろうか
空は綺麗な夕日が差している。
「…なあ…もう女子は全員帰っちまったんじゃ」
「…言うな!」
男子生徒に哀れみの目をされているのが、背中を伝いヒシヒシと伝わってくる。尚のこと諦めず、その状態のまま待っていると一人の女子が此方に向かって走ってくるのが見えた。
「…木下?」
何故か木下は、片手にジュースのような物を持った状態で此方に向かって走ってくる。俺は目の前で息を切らし一休みしている、木下の持ったジュースのような物に目を向けた。
「…なあ木下…その片手に持っているジュースらしからぬ物は何だ?」
丸い形をしたそれは、表面にジュースと文字が書かれており、ちゃんと呑めるように開け口がある。だが絵が黄色一色で塗りつぶされていて、得体の知れない物体に見える。
「…あ、これですか?これはですね、ジュースを買ってきて欲しいと頼まれたので、ちょっとひとっ走り、50キロ離れた先にある限定商品『黄な粉ジュース』を買ってきてました」
ちょっと何を言っているのか若干理解し難かったが、簡単に言うとあれだ。
木下には、『今すぐ走ってジュースを買ってきて欲しい』と言われた。だが肝心の何処で何をという明確な説明をされなかったのだろう。そのため木下は、自分の趣味であるジュースを買いに行っていたのだ。
「………」
「「「………」」」
「…ほえ?」
結局、この日も体育をすることはなかった。
~問題児資料~
木下梢
・問題児
上記を追加
~木下へのコメント~
他人から頼まれたら断るということを知りましょう。
また、明確な目的が無いからと自分の趣味で突っ走らないでください。
誰かにどうすればいいか聞くことは大切です。