五章 [18]
「生命活動に支障をきたすほど気が乱れています」
できる限りの応急処置をして周賢を医務室に寝かせたところで、秋夕は早口に彼の状態を説明した。
清潔な寝台に寝かされた周賢は、意識を失ったままだ。体中に貼られた札のおかげで、気の乱れはなんとか抑えられているもの、息は細く、手はいまだ小刻みに痙攣している。
「なんで!?」
彼の直属の上司、志閃が荒い口調で問うた。
「あやつり。長期間の。気を奪われて、好き勝手にいじられて」
それに答えたのは、秋夕でも仙術に疎い医師でもなかった。
「でも、もういらなくなった。操っていた術が消えて、気の流れが急に変わった。術の消し方も、彼の心身なんてどうなってもいいって言うような、雑なやり方」
声の主の小さな手が、周賢の額に触れた。
医務室に集まっていた面々は、そこでやっと突然の来訪者に気付いた。それだけ彼女の訪れと動きは自然で、害意を感じられなかったのだ。
「貴様……」
飛露がうなるように言って、来訪者を排除しようと手を伸ばす。しかし、次の瞬間彼女からあふれ出た気に思わず体を硬直させた。
深い深い湖の底。たとえるなら、そんな空間に放りこまれたような。視界が青に染まり、思わず息を詰める。
「すい、蓮ちゃん……?」
かろうじて来訪者の名を呼んだ志閃も、無意識に自分の口元を片手でおさえていた。気を感じられない泉蝶でさえ、息苦しさを感じる。
音も匂いもないひんやりとした空間。時が止まったようにすら感じられたが、その状態は不意に収まった。
「もう大丈夫」
小さな口から漏れた言葉に偽りはないのだろう。先ほどまでと違い、周賢はただ眠っているだけのような穏やかで深い息をつき、体の痙攣も消えていた。
「貴様何をした!?」
その瞬間、飛露が少女に食ってかかる。
「彼の気を正常に戻しました」
水蓮はそう淡く笑む。彼女の頭にとまっていた小鳥も「リュ」と肯定するように鳴いた。
「貴様は何なのだ!?」
「ちょっと飛露――」
「えぇい! 邪魔をするな」
志閃が二人の間に割って入ろうとするが、飛露はそれを乱暴に払いのけた。
「貴様は何者だ!? 敵の内通者か!?」
水蓮の胸ぐらをつかむ。水蓮の足は爪先立ち、今にも宙に浮いてしまいそうだ。
「違います」
しかし水蓮はおびえることなく穏やかに、しかしはっきりとした口調で答えた。
「では何者だ!?」
「それは言えません。言ってはならない決まりなのです。少なくとも今はまだ」
彼女の様子は、いつもの少女らしさが薄れ、老成した印象を与える。水蓮がそっと自分をつかむ飛露の手に触れると、それはすんなり緩んだ。飛露は驚いたように自分の右手を見た。
「しかし、私は敵ではありません。この国を守りたいと思うものです」
「正体のわからぬものを信頼できぬ!」
「そうですか……」
飛露の怒鳴り声に、水蓮はひどく悲しそうな笑みを浮かべた。そのまま肩を落として病室をあとにしようとする。
「待って」
それを制止したのは志閃だ。
「帝の見た夢の救世主って、水蓮ちゃんのこと?」
帝の夢の話は、敵国に知られれば悪用されかねない非常に守秘度の高い情報だ。
ごく一部の人にしか明かされていない情報を口にした志閃に周りの人々の目が集まった。次いで、答えを求めるように水蓮へと視線が向く。
しかし、一度振り返った水蓮は、首を横に振ってそのまま病室を立ち去ってしまった扉が小さな音を立てて閉まる。
「水蓮!」
そう叫んで彼女のあとを追おうとした泉蝶の腕をつかんだのは志閃だ。




