五章 [12]
――さて、実はもう怪しい人を見つけてんだよね。
源京を覆う気の流れよりもさらに高く舞い上がり、源京中を虹色の紗幕越しに見ながら志閃はそう内心でつぶやいた。それは様々な情報をはぐらかして、ごまかしてしまった泉蝶へ語り掛けているようでもある。
もちろんこんな独り言にも劣るような思考が彼女に届くはずはない。だからこそ、隠さない本音を素直に言えるのだ。
この数日で、志閃は監視対象を数人に絞っていた。暇ができれば源京を抜け出して行く者、胡散臭い情報屋と交流を持つ者、お金と引き換えに使役した鳥に手紙や荷物を配達させる非公式の副業をしている者など。しかし、そのほとんどは志閃が戦の始まる前から知っていて黙認している人々だ。術師には癖の強いものが多い。下手に厳しく指導するよりも、最低限の規律だけ守らせてそれ以外は自由にさせるというのが、志閃の方針だった。
――だから、今回優先的に監視したいのは、俺が把握してなかった奴。
まず、禁軍隊舎の自室で静かに本を読む周賢。禁軍に入って一年足らずと日の浅い勉強好きな青年だ。休日になると源京の研究施設や学問所の書庫に赴き本を借りては読んでいる。
問題は借りた本に何か小さく書きこんでいることだ。ただのいたずらや悪い癖ならそれでいい。司書にそれとなく教えて「公共の図書に、私的な書き込みをするのはやめてください」と怒らせれば済む。
問題はその書き込みが誰か他の人にあてたものだった場合。
彼の書きこんだ情報が何かしらの経路を経て敵国――廣へ流されているのかもしれない。彼が書きこみをした本を書庫に返しに行く時を見計らって、次の誰かに借りられる前に中身を確認しようという単純な作戦だ。
そして、今日様子を見たい人がもう一人いる。「色事占師」妖舜。
腕のいい占い師だが、ひどい女たらしで、仕事中も複数人の女性と文通を繰り返している。まじめな同僚――飛露からは「奴の素行の悪さを陛下に伝え、即刻解雇してもらうべきだ」と言われ続けているが、彼の占いには後宮の――しかも皇后や皇女など高貴な人々の顧客も多いため、下手に解雇することができない。帝自身も妖舜の人となりを知ったうえで、黙認しているような節がある。
確かに彼の素行には、志閃でさえ眉をひそめる時があるが、彼の能力の高さはよく知っている。彼は志閃とほぼ同じ時期に禁軍に入った友のような存在で、深い信頼を置く副官の一人だ。
彼がクロの可能性はほぼないが、逆に占い師として何かいい情報を持っているかもしれない。監視と言うよりは、彼に会いに行く良いタイミングを見計らっている。
――監視ばかりじゃ、後手後手になっちゃうからね。
志閃は宮殿上空に気を浮かべて、広くあたりをぼんやりと眺めながら二人を確認した。
妖瞬は後宮の美姫に囲まれて恋愛相談から、健康運、戦の行く末まで求められるままに占いに興じている。何ともうらやましい。自分の気が戦闘ではなく占い向きだったらよかったのにと思ってしまいそうだ。
一方の周賢は休日ながら自室でずっと本を読んでいる。読んでいるのは仙術の指南書で、妖瞬とは対照的に、ひどくまじめな印象を受けた。ただし、その手には角筆が握られていたが……。
角筆は、先のとがった棒だ。墨などはつけず、棒の先で紙をへこませることで文字を書く。文字に色がつかないので、軽く見ただけでは書き込みがあるとは気付けないが、角度を変えてよく見れば読むことができる。しばらく監視を続けて、志閃は彼が本の後ろの方に何かを書き込んだのを確認した。
――よし。
先にこちらに会いに行こう。
志閃はそう決めて、泉蝶のずっしりと重い気をめがけて意識を降下させた。




