一章 [6/21]
「ひどいなぁ」
青年は最初と同じ軽い声で言って、ぼさぼさの頭を掻いた。もともと癖毛であることにまだ寝癖が残っていることも相まって、思い思いの方向に毛が跳ねてしまっている。
黒髪のところどころにある金に染められた部分が、藁のようで鳥の巣に見えるが、そう呼んではかわいい小鳥に失礼なので自重している。
「お前は、ここに来てからずっと外を見てただろ」
泣きまねをはじめた癖毛に、床に敷いた毛皮に座り込んで大剣の手入れをしている大男がどすの利いた声で言った。
彼は赤覇。赤茶の髪と傷だらけの大きな体が特徴だ。
「そんなこと――。おっ、かわいい子発見! あれ、王紀んとこの礼玲ちゃんじゃない?」
癖毛はあっという間に墓穴を掘った。
「…………」
「泉蝶、額に血管が浮いて見えますよ。女性なんですから、もう少し愛らしい顔をしませんか?」
あっという間に激昂寸前になっていた泉蝶に、そう穏やかな声がかかる。
泉蝶と同じ年頃――二十代前半の青年が、作戦本部の奥にある巨大な卓の前に座り、優雅なしぐさで本を読んでいた。低い位置で一つに束ねたつややかな黒髪に、武官らしくないほどきれいな顔立ち。そこに穏やかな笑みまで浮かべている。
「余計なお世話よ、王紀」
泉蝶にとげとげした声で言われても、その笑みは崩れない。
「早く会議をはじめましょう」
「よ~し。じゃあ、今日の議題は自分の軍のかわい子ちゃんの紹介ね。まずは、俺のところから――」
泉蝶の合図とともに、いまだに窓からかわいい女の子を探し続ける癖毛が提案した。
「志閃、斬るぞ」
大男――赤覇が手入れ途中の大剣を持ち上げて見せる。
「やれるもんならやってみそ。俺の仙術で返り討ち確定」
その挑発に相変わらず軽い口調で応える癖毛――志閃。
「な、テメェ!」
「いい加減にしなさい」
お互い立ち上がって、臨戦態勢に入ろうとする二人に、泉蝶はそう声をかけた。叫ぶでもなく、いたって静かに。
禁軍仙術部隊索冥軍将軍の癖毛志閃と、歩兵部隊炎駒軍将軍の大男赤覇の喧嘩は日常茶飯事だ。二人を止めるのにももう慣れてしまった。他の将軍もわれ関せずと、自分のことを行っている。