五章 [10]
「ありがとうございます! お願いします!」と言う言葉に見送られて、泉蝶は志閃を捜しはじめた。
最近は彼自身が前線に赴くことも多く、なかなか顔を合わせる機会がない。
それでも、日々の勤務予定が共有されているおかげで捜すのはさほど苦にならなかった。今日は術師が前線に派遣されて人員不足のため、志閃も後宮警護のはずだ。
しかし、部下や女官、宦官に聞いてもここ数時間で志閃を見たものはいない。念のため、後宮の門を守る衛士にも聞いたが、朝後宮に入る許可は出して以降、まだ出てきていないとの答えが返ってきた。
――どこか人気のないところで昼寝でもしてさぼってるのかしら?
仕事中でも、女性に声をかけて遊んでいることの多い志閃だ。今回もそんな感じだろう。同僚が仕事をしていないかもしれないと思うと、はらわたが煮えくり返る気分だが……。
――いや、でも、最近はとても疲れてるみたいだったから、無理ないのかもね。
怒りを鎮めるために、内心そう擁護してみたが、それでも腹立たしいものは腹立たしい。
泉蝶は普段の勤務範囲から外れた庭園の隅の方まで足を延ばして志閃を捜した。
彼も疲れているから。最低限の仕事はしているはずだし。
志閃を擁護する様々な言葉が脳裏に浮かんでいた。
しかし、実際に庭園の隅の木陰で幹に背を預け寝ている癖毛を見つけると、怒りもひとしおだ。
「何してるのよ! 癖毛」
気付けば、そんなことを叫びながら彼の腹に丈夫な長靴のつま先を突き刺していた。
誤算だったのは、彼が全くよけることなく急所にそれを受けてしまったことだ。
「おぅぇ……! ……ごほっ、ごほっ……。ぐ……ぅ……!」
身を丸めて激しく咳き込みながら悶絶する志閃。
「ちょっと、大丈夫?」
泉蝶は慌てて声をかけながら彼の背を撫でた。
「ぐ……、せん、ちょう、……、ちゃん……?」
しばらくして、そんな力ない問いが返ってくる。
「ごめんなさい、そんなに熟睡してるとは思わなくて――」
「……いや、寝てたわけじゃないけど……」
志閃はまだ息を荒げながらも、少しずつ落ち着きを取り戻しているようだ。みぞおちに手を当てながら、その場にあおむけに寝る。
「ちょっと――、汚れるわよ」
「じゃあ、泉蝶ちゃん膝枕してくれる?」
「するわけないでしょ、変態」
泉蝶はいつもの癖で志閃の顔にこぶしを叩きこもうとしたが、直前で止めた。
「なんでよけないのよ」
「あー、これ、よける系のやつ?」
志閃は弱々しい笑みを浮かべて、億劫そうに泉蝶のこぶしを払いのけた。
「なんでそんなに元気ないのよ?」
彼は女に殴られても喜ぶような、常にハイテンションな変態ではなかったのか。
「ん~? ごめんね、ちょっと疲れちゃってるみたい」
「仕事は――?」
あまりにも予想外な志閃に、とっさに泉蝶はそんなことを聞いてしまった。
「あー、やっぱりマジメな泉蝶ちゃんは許せないよねー。こんなところでサボってちゃ」
「そうよ、仕事に戻りなさい」
元気のない志閃は心配だったが、泉蝶の口はこんなことばかり言ってしまう。いつもの減らず口で言い返して欲しかったのかもしれないが、志閃は「……うん」とうなずいてゆっくり体を起こした。
立ち上がろうとする志閃に手を貸す泉蝶。
しかし、彼は足元がおぼつかないのか泉蝶の方へ倒れ掛かってきた。いつものようにふざけて押し倒そうとした、と言うわけではなさそうだ。
「ちょっと……!」
「……ごめん。ちょっと立ちくらみ。へーきへーき。俺、仕事に戻るわ」
そう言って志閃は泉蝶から離れようとしたが、その手は異様に熱い。




