五章[7]
一方の飛露は同じ術を使うために、それなりの準備をしている。
まず、屋内演習場の中でも最も狭い場所を借り、その中央に胡坐をかいて座り込んだ。そして、数枚の札と刃に複雑な文字や記号からなる術式が書き込まれた短剣を取り出して、隣にたたずむ老爺を見上げる。彼が最も信頼を置く副官で、名は義明。
「義明、日が沈んだら呼んでくれぬか?」
「構わぬぞ」
義明は飛露と同じ硬い口調でうなづいた。
「しかし、おぬしならば、これほどの支度はいらぬのではないか?」
「今は少しでも気が惜しい。札数枚で気力を温存できるなら、安かろう」
「おぬしがそう言うのなら、よい」
老爺はそう言うと、飛露が何か言う前に部屋を辞した。お互いよく知った間柄だ。これ以上の指示は必要ないということだろう。
「では、はじめるか」
飛露はそう自分に言うと、ゆっくりと呪文を唱えはじめた。
呪文には気の流れを作り出す効果がある。これから使う術式を助ける流れになるまで呪文を唱えた後、用意していた札と短剣に気を流し込む。
呪文で操っていた気が札と短剣に緩やかな渦を作りながら吸い寄せられるのを確認して、重ねて床に置いた札を短剣で貫いた。あたりの気が貫かれた部位に集まるように流れ込み、吸収された気が剣の柄から上空へと放出される。
それを確認したのち、飛露は片手を床に立てたままの剣の柄に置き、もう片方の手で志閃同様宝玉を握りこんだ。
目を閉じて集中すると、剣の柄から流れ出す気に乗って、意識を飛ばす。
剣と札の目印があるので、自分の体の場所を見失わずに広範囲の監視ができる。近くにいる義明も、飛露が桃源に来たばかりのころからなじみがある良い目印だ。
まず意識したのは水蓮の場所。最近の彼女は弓術の成績こそあまりかんばしくないものの、戦で人手が足りず猫の手も借りたいと言う部下からの要望と、けがが完治したことでしぶしぶながら仕事を与えていた。
宮殿の南端にある小さな城門の警護。この南向きの城門は、西や南にある村や山と行き来する人のために設けられたものだ。人の往来が少なく、初心者を配置するにはちょうど良い。
禁軍の拠点から比較的近いのも監視する側からすればありがたい。




