五章[6]
「じゃね」と短く別れの言葉を言って、こちらを見ていない飛露に手を振る志閃。
しかし、彼もすぐに踵を返し、飛露とは違う方向へ歩きはじめた。
そうしながら、いまだに握っている宝玉の出力を変更した。
志閃の仙術部隊は半数以上が前線へ派遣されている。五十人ほどの部下を監視するだけならば、これほど広範囲を精密に見張る必要はない。
今まではあまりにも多くの気を一つ一つ確認しなくてはならなかったので、長時間の監視は不可能だったが、自分の部下のみならば常に動向を見ることができる。それでも、負担がかかることに違いはないが……。
「まー、俺の体力と気力が持っているうちに見つかってくれればいいよねー」
気楽な調子で志閃はそうつぶやく。
ふと見上げた空は、青く高く澄んでいる。そこにうすい雲のように流れていくのは、この国の中心――宮殿最奥からあふれ出る気の光だ。
この気が湧き出る場所――龍穴があるから太古の帝はここを帝都と定め、宮殿を建造した。
その気は五色に輝きながら、帝都から桃源国中を覆う。天と地の間を流れていくトンボの羽根や女仙の羽衣のような淡い光の帯を見られない人がいるというのは、知識として理解していても不思議なものだ。
これがあるおかげで、仙術使いの多くは夜でも気の光に照らされて夜目が効く。
あたりの景色も、気が帯びる生命力で鮮やかだ。木の葉は新芽のように緑に輝き、新芽はその内に星のかけらが秘められているかのように光っている。特に、新しい生命力に満ちた春の夜は、天も地も無数の星が広がって見える。
志閃はしばらくゆっくり歩きながら、空を渡る気の流れを確認した。しかし、妙なものは見つけられない。普段よりも張りつめ、流れに乱れがあるが、戦中ならこんなものだろう。
気は大地や天気、周辺に住まう生命の状態に大きく左右される。
争いが起こったせいで、人心がすさび、大地が枯れたことで龍穴の勢いが失われて国が滅びるという話はよく聞く。
平地に広がる下の国々はそうやって盛衰を繰り返してきたのだ。神仙の膝元にある桃源国が、そのような運命をたどることはないと信じているが……。
人気の少ない落ち着ける場所を見つけて、志閃はそこに腰を下ろした。
背後には大きな木。そこに背を預け、木陰ですっと目を閉じる。
葉ずれの音と遠くから聞こえる鳥の鳴き声を聞きながら、手の中の宝玉に意識を集中すると、体がふわりと浮かび上がり、空気に溶けていくような感覚があった。
尻に触れる地面の感触も、背に触れる木の温かみも消え、自分と言う存在が薄く広がっていく。今の志閃は人ではない。ただの気の固まり。しかもそれがほどけ、希薄になりながら宮殿中に拡散していくのだ。
常人ならば、肉体の感覚が消え、自分の存在が次第になくなるこの術に恐怖し、行えても長くは続かない高等術式だ。それを何の準備もなく自分の意思ひとつで行う志閃は相当手練れの術師だった。




