五章 [2]
「最近、みんな忙しそうだね」
翔は侍女と教育係を後ろに従えてゆっくり自室へ戻りながら、泉蝶に話しかける。
「いくさ、そんなに大変なの? 父上も、じぃも何も教えてくれないんだ」
「誠に申し訳ありませんが、陛下がお教えにならないのならば、私からも、何も申し上げることはできません」
第八皇子と並んで歩くことに若干の緊張を感じつつも、泉蝶はきっぱり言った。
「泉蝶のけちぃ!」
翔は子どもらしく丸っこいほほを膨らませた。
「すみません」
「まぁ、いいよ。最近白伝から占いを習いはじめたんだ! お部屋についたら泉蝶を占ってあげる。レンアイの占いが良くあたるってみんな喜んでくれるんだ!」
「『恋愛』……、ですか……」
泉蝶はわずかに戸惑った笑みを浮かべた。軍人として武器をふるってきた泉蝶には、あまりなじみのない響きだ。
「あんまり好きじゃない?」
泉蝶の顔を横目で見て、翔はそう首を傾げた。
「あまり、そういうことに縁がなかったもので――」
泉蝶は遠回りに苦手だと告げた。
見目がさほど悪いわけではないので、寄ってくる男もいるにはいたが、「自分より弱い男は嫌」と全員返り討ちにしてしまった。好敵手として好きな人はたくさんいるが、恋愛感情と言うものはよくわからない。
「じゃあ、レンアイの占いはやめておこうか……」
彼がしゅんとしたのは一瞬。すぐに明るい笑みを浮かべて泉蝶を見上げた。
「じゃあさじゃあさ、おしゃべりしよう!」
「かしこまりました」
泉蝶が案内された部屋は、さすが皇族の一王子にふさわしいと言えるきらびやかなものだった。
磨き上げられた木の床と天井。壁には、金銀絹で四季の雅な風景を再現した壁掛けが飾られている。細かい蓮の装飾が施された花瓶には大輪の芙蓉が活けられ、家具や調度品のいたるところに金銀宝石がちりばめられていた。
翔はいくつかの続き部屋を抜けて目当ての部屋にたどり着くと、部屋の奥に置かれた大きな綿入れにぽふんと座り込んだ。泉蝶にも斜め前に置かれた綿入れを指さす。神仙の世界――崑崙に存在すると言われる木があしらわれている。金銀の細い枝が絡み合い、翡翠の葉に紅玉の花が咲く、華美な植物だ。
仕事柄このような貴人の私室へ案内されることは多いため、泉蝶は慎重になりつつもなれたしぐさで綿入れに腰を下ろした。綿入れは雲の上に座ったかのように柔らかい。
そのわきの足の短い卓には、侍女がお茶と茶菓子を置いた。
「ゆっくり休んでね!」
翔は自分のお茶に口をつけながら言う。
「泉蝶の気はいっつもしっかりしてるのに、最近は元気なさそう。お仕事大変なんだね。父上も母上たちもみんな気が乱れちゃってる」
「そうなのですか……」
「泉蝶、最近ちゃんと寝てる?」
「仕事に支障がない程度には――」
「嘘」
翔はあどけない顔を精一杯しかめてみせた。
「気は正直だよ。嘘ついちゃダメ」
「すみません。しかし、ほかの将軍が働いているのに、私だけ休むわけには――」
「泉蝶はまじめすぎるよ! 体壊しちゃモトもコもないよ。ほら、横になって。僕の気は回復向きなんだよ。気の流れを戻してあげるから」
翔は綿入れをもう一つ泉蝶に渡すと、そこに横にさせた。
自分より小柄な子どものすることだ。抵抗しようと思えばできたが、相手は皇子。泉蝶は素直に従った。




