一章 [5/21]
とりあえず、この少女の事は彼女たちに任せて大丈夫だろう。
ほっと息をついた瞬間、それよりも深刻な現状を思い出した。今も国境付近で戦っているであろう兵士たち。所属する軍が違うとは言え、同じ国を守る仲間であることは変わらない。前線に派遣された兵士には顔見知りも多く、不安は募る。
ふと脳裏をよぎった影は誰のものか。子ども時代に武器の扱いを教えてくれた老剣士にも思えたし、ともに切磋琢磨した女性兵のようにも思えた。
「それじゃ、あたしは、会議があるからもう行くわ」
泉蝶は眉間にしわがよるのを感じて、すぐさま踵を返した。思わず出そうになった不安な顔を見せないために。
「了解しました! この子のこともお任せくださいっ!」
「ありがとう」
秋夕の元気な声にも振り返らない。そのかわり、言葉に精いっぱいの感謝をこめる。
病室の扉を閉める一瞬、意識のない少女を視界の端にとらえたが、やはり表情は見せなかった。
しかし、扉を静かに閉めた瞬間ため息が出た。
板敷きの廊下を行く歩みは速い。目的地がわかっているからと言う理由もあるが、一番は動くことで不安や緊張を和らげようと思ったからだ。毎朝禁軍将軍が集まって会議を行っているが、そこでいつ出兵命令が出されてもおかしくない。泉蝶は無意識に剣の柄に置いていた手が震えていることに気づき、強くこぶしを握りしめた。
彼女が向かうのは、今までいた病室と同じ建物内にある一室――作戦本部だ。しかし、「作戦本部」とは名ばかりで、普段は禁軍を率いる五人の将軍のたまり場に過ぎない。他の隊員たちが作戦本部の名を畏敬し寄り付かないのをいいことに、完全に自分たちの私的空間にしてしまっている。
「遅くなったわ」
泉蝶が作戦本部の扉を開けた時には、すでに彼女以外の将軍はそろっていた。
「本当だよ~。泉蝶ちゃんが俺に愛想尽かしたのかと、ずっとずっと悩んでたんだよ」
その瞬間聞こえた、全く緊張感のない軽い声。
「嘘つくんじゃないわよ。あたしなんかいなくても、窓からかわいい子を探してうきうきしてたんでしょ」
泉蝶も先ほどまでの不安を感じる間もなく、声をかけてきた青年に反射的に言い返した。秋夕たちと話していた時よりも砕けた調子だ。