一章 [4/21]
「で、最後に札を貼ればいいはず」
ここが、仙術を強く信じる桃源独特の治療法だ。治癒を早めたり、消毒作用があったり、痛みを和らげたり――。様々な医療的補助のために、気を込めた札を用いることが多い。
医者は、盆の上に何枚か用意してあった薄い紙の中から一枚手に取り――。
「先生! それ、骨折用の札ですよっ!」
あっという間に秋夕に手首を掴まれた。
「いつも言ってるじゃないですか! 何で札に込められた気の色がわからないんですか? こんなに違うのにっ! 気が感じられないんだったら、文字を読んでください。ほら、ここに『骨折用』って書いてあるでしょ? 私がせっかく先生のために術式を壊さない程度に大きな文字で書いてあげてるのにっ!」
秋夕は怒りながらも、自分の手で正しい札を取り、少女の傷が隠れるように貼った。札の表面には円や五芒星を基調としたよくわからない模様や、達筆すぎて読めない文字が五色で書かれている。
秋夕の言う通り、札の右下に『傷用|(咬創)』とごく小さく書かれていた。
正直読みにくい。医者の苦労に泉蝶はわずかに頭を下げた。
「まぁ、傷も縫いましたし。出血も止まったみたいです。あざや擦り傷の手当てもやっておきます。もう大丈夫だと思いますよ、姫将軍」
「はっきりと『もう大丈夫です』って言ったらどうなんですか!」
相手を安心させるような笑顔を浮かべつつも、相変わらずのあいまいさで話す医者の言葉に、秋夕が怒鳴る。
「もう大丈夫ですよ、姫将軍。ご安心ください! ところでこの子誰ですか? 新しい子ですか? 最近はいろいろありますし、人手がいりそうですけど……」
秋夕は言葉を濁したが、戦のことを心配しているのだとすぐに分かった。
「谷川で拾ったのよ。この子が目覚めたら話を聞きたいから、たまに様子を見ててくれる?」
泉蝶は自分の不安を押し隠して、穏やかにほほえんだ。口調自体も軽い。
川で人を拾うなど初めての経験で戸惑いも大きいが、将軍である彼女は常に堂々としていなければならないのだ。彼女が弱気なところを見せれば、そうでなくても戦で不安を感じている禁軍の部下たちに悪い影響を与えてしまう。
ただし、この少女が刺客である危険性もあるので、「くれぐれも、禁軍の隊舎からは出さないようにね」と言葉を足しておく。秋夕は万事心得ているかのように、まじめな顔でうなずいた。