四章 [9]
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「赤覇将軍、休まれないのですか?」
その夜、砦の見張り台から廣国軍の野営地を睨み据えていた赤覇に声をかけてきたのは、禁軍所属の兵士だ。
炎狗軍――ようするに赤覇直属の兵士ではなく、仙術部隊索冥軍の仙術使い。その中でも上位五位に入るかという実力者で名は宗剛。索冥軍将軍の志閃に代わって前線に派遣された禁軍仙術部隊の指揮を行っている。
「おめぇはどうなんだよ?」
赤覇はどことなくけんのある口調で問い返した。自分よりはるかに背の低い小柄な宗剛を「睨む」と表現してしまえそうなほど鋭い目で見降ろす。
「わたしはずっと砦にいましたから」
しかし、彼は柔らかくほほえんで全く気に障った様子は感じられない。
「赤覇将軍はお疲れに見えます。気の流れがひどく緊張して、乱れていらっしゃる」
「あいにく、オレは気に疎い人間なんでね」
自分には全く存在がわからない気を引き合いに出されても不快になるだけだ。
確かに、現在は戦いを終えた後で気が立っている。手にはまだ自分が傷つけた数々の敵兵の感触が残っているし、むせ返るような血と踏み荒らされた土の匂いも鮮明に思い出せる。
こんな状態で平常心を保っておくなど、よほど戦い慣れたものでない限り無理だろう。特に禁軍所属の兵は腕に覚えがあっても、それは殺傷力を殺した武器とある程度の決まりに基づいて行われる「試合」の中での話だ。全く実戦経験がないわけではないが、平気な顔で人の命を奪えるほど慣れてしまっているわけでもない。
ただ、そう自覚していても、それを他人に指摘されるのはひどく気に食わなかった。
「夜の間は敵兵も攻めてきません。砦の周りには術師が人や獣を通さない守護結界を張っております。安心してお休みください」
赤覇の機嫌がよくないのはわかっているだろうに、宗剛はしつこく赤覇を気遣ってくる。
「うっせぇな。一人にしといてくれ」
怒鳴ってしまわないよう静かに言った声は、自分でも驚くほど疲れていた。
「……かしこまりました」
そしてやっと宗剛はひいてくれた。
「しかし、どうかお早めにお休みになられますよう」
最後にもう一度赤覇を気遣って、宗剛は静かに見張り台を離れた。
「あー、はぁ」
赤覇はため息をついて、見張り台の手すりに両腕をついて上体を支えた。




