一章 [3/21]
「少し気の流れに異常があるみたいですけどねー。治しときます!」
助手の秋夕が自分の胸をどんと叩いた。彼女には仙術の心得もある。
仙術――すなわち万物に宿る「気」と呼ばれるエネルギーを操る術だ。
桃源では気の存在が広く信じられ、実際に気を用いた「仙術」を扱う者が多く存在する。泉蝶は全く気を感じ取ることができないので、どうしても胡散臭く思えてしまうが、同じ禁軍に属する仙術部隊の同僚などは、はっきりと「気が見える」と言う。
「気の流れが乱れていると、悪い気が体に入りやすくなってしまうらしいですから。悪い気は病気の元にもなるっぽいですし、はい」
あいかわらずの不確かな言い方だが、この医者も気とは無縁の人間であるらしいので、もしかしたら泉蝶同様、仙術に懐疑的なのかもしれない。
「『っぽい』じゃなくて、本当になっちゃいますよっ! 気の乱れは、免疫力の低下と同義! いろんな病気にかかりやすくなっちゃうんですから。たとえ病気にならなくても、なんとなく気分が悪いとか、イライラするとか、鬱っぽくなるとか、精神に障害が出るんですからね!」
秋夕が説教するように上司に向かって言った。
「はいはい、気を付けるようにしますよ」
医者は慣れているのか、のんきに言って、秋夕が持ってきた盆から消毒液を取り、少女の傷を消毒している。
秋夕の方も、ちゃんと口だけではなく手も動かしていた。針に糸を通し、器具の消毒をし、麻酔効果のある札を少女の傷よりも心臓に近い方へ貼る。
「そういえば、泉蝶姫将軍はいつも気が安定してますねっ! だから病気しないんですか? 姫将軍を怪我の治療以外でお世話した記憶ないです」
「言われてみるとそうね。気が安定って言われても実感はないんだけど……」
傷を縫いはじめた医者を見ながら泉蝶は答えた。禁軍所属医師という立場柄、切り傷は日常茶飯事だ。傷を縫い合わせる手はとても慣れている。
「はい、十六針ね」
あっという間に縫い終わり、針を置く医者。
「少し多めに縫ったよ。八たす八。末広がり二つで縁起が良くなればいいなと」
「…………」
冗談なのか、本気なのかわからない。それ以前に、縁起のために縫う回数を増やしても良いものなのか……。
泉蝶は笑うべきか怒るべきか迷った挙句、無表情になることにした。助手である秋夕もこういう時の彼の扱いは未だにわからないのか、微妙な笑みを浮かべている。