二章 [8/13]
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桃源の宮殿は、扇状地の要――川を挟んで両岸に存在する。
宮殿の南側は多くの官吏たちが働く公の場。禁軍の拠点もこちら側にある。そこからたった一本の橋でつながれた対岸――北には高官が帝と話したり、戴冠式などの大きな行事が行ったりするための巨大な本殿がある。
そのさらに北西――奥まったところに後宮など帝の私的空間が広がっていた。
泉蝶は王紀とともに、水蓮が禁軍に入りたいと言っていることを伝えるための書類をつくり、部下に託した。あくまで、新たな情報として水蓮の意思を伝えるものであり、彼女を禁軍に入れるよう頼む書類ではない。書類の行き先は、帝宛てではなく、軍の人事をつかさどる文官と水蓮の処遇について相談を行っている大臣だ。自分たちで持って行かずに部下に託すのも、水蓮に必要以上の肩入れはしないという禁軍将軍としての意思を示すため。いくら水蓮に同情していても、禁軍に入れるかどうかは別だ。
泉蝶と王紀は作戦本部で、書類を持って行った部下が帰ってくるのを待った。ちゃんと書類を提出したという報告を受けるためだ。
すぐになんらかの返事が返ってくるとは思っていない。早くても数日、遅ければひと月近く待たされるだろう。
そう思っていたのだが――。
「将軍、姫将軍。帝からのお返事を預かってまいりました!」
しかも、返事は書類を宛てたのではない帝からのもの。
いわく。
『もし禁軍に入りたいと言う少女が現れた場合、彼女はきっと桃源の力となる。彼女の願いに従うように』
簡素で短いものの、最後には帝の言葉であることを示す印がちゃんと押されていた。
「なっ……!」
これには泉蝶も王紀も驚いた。
「なんで帝から返事が来るの!?」
泉蝶は文官と大臣宛ての書類を託したはずの部下に、勢いよく問いかけた。王紀は書状をこすったり透かしたりして、偽物でないか念入りに確かめている。
「へ、陛下はすでに書簡を用意しておられたようで、張文官がこちらをと――」
張は、泉蝶たちが書類を宛てた文官の一人。帝は事前にこの文章を用意して、彼に預けていたのだと言う。
「正気とは思えませんね。せめて戦中は監視、軟禁などされるものと――。しかし、この書き方……。陛下はなにか予知を得ているのでしょうか?」
口調はいつも通り落ち着いているが、王紀は前髪をかき上げるようにして頭を抱えている。
「そんな気がするわね」
「これが偽物である可能性は、印に込められた気からかなり低いと思います。しかし、水蓮の名を書いていない以上、陛下の言う『少女』が違う少女である可能性も……。どうしたものでしょうね」
自分には何の言葉もかけず悩む将軍たちに、帝からの返事を持ち帰った部下は、持ち場に戻るべきか次の指示を待つべきか迷った。
挙動不審に、上司の間に視線をさまよわせたり、足を戸口に向けようとして踏みとどまったりしている。二人とも厳しい雰囲気をまとい、声をかけることもできない。
「陛下は謁見の間?」
そして急に鋭く声をかけられ、飛び上がった。
「あ。い、いえ。それはわたしには……」
どもりながらも何とかそう答える。




