一章 [21/21]
「狼に襲われて、まずは逃げました。岩山を走って。でも、狼の方が速くて……。追いつかれて、腕を噛まれました」
水蓮は包帯の巻かれた右腕をやさしくなでた。
「反撃しようとしましたけど、それもうまくいかなくて――。このまま戦っても、絶対に負けると思ったので、近くにあった谷川に飛び込んだんです。たぶん、その時に気を失って――。気づいたらここにいました」
これで水蓮の話は終わり。
「あなたの境遇は分かったわ」
泉蝶はかすかにほほえんだ。
「もしかして、私この国から追い出されますか?」
飛露の様子からそう思ったのか、水蓮が不安そうに尋ねる。
「俺がぜった――ふごっ!」
志閃がそう軽口をたたこうとした瞬間、赤覇が彼の口をふさいだ。
そして次の瞬間には、部屋の外へと蹴りだされていた。
「わりぃ」
赤覇は扉に背を預けながら、騒いでしまったことをわびた。
「いいえ」
王紀がやさしくほほえんで応えた後、笑みはそのままで水蓮を見た。
「それはまだわかりません。現在は特殊な状況なので、すぐにあなたをどうこうすることはできません。今はゆっくりと傷を治してください」
彼のやさしい言葉と笑顔の裏には何とも言えないすごみがある。
「それでは、僕は仕事がありますのでこれで――」
そして、王紀は水蓮の言葉を待つことなく、彼女に背を向けた。
「目覚めたばかりにもかかわらず、無理をさせました。あなたも、少し休んでください」
丁寧なものの気持ちの全くこもらない労いの言葉を述べた王紀は、近くにいた飛露に目配せした。飛露は目に見える反応を示さなかったが、王紀の意図を察して彼とともに部屋を出ていく。赤覇も「早く良くなれよ」と声をかけて、退出した。
「お前も行くぞ、志閃」
赤覇がそう言って抵抗する志閃を引きずっていく音が聞こえる。
「いろいろ話してくれてありがとね」
すっかり静かになった病室で泉蝶は水蓮に言った。空になっていたゆのみにまだ温かい薬湯を注いで、水蓮に渡す。
「いえ。あの……、あの弓を持った人――」
水蓮はその水面に視線を落としてうつむいた。
「厳しい性格だけど悪い人じゃないから安心していいわ」
飛露が水蓮の言葉を「嘘だ」といった点は気になるが、水蓮は小柄で非力で無害な少女に見える。仙術が使えるそうだが、この部屋には術師が使う札や術具の類は置かれていない。今の彼女にできることはないはずだ。志閃や王紀、飛露の気が読める三人がこの病室を去ったということは、彼らも水蓮を脅威とみなしていない。
「あたしがいたら眠れないわね。また夕方ごろくるわ」
不安そうな顔をする水蓮を励ますために、泉蝶はにっこり笑って病室をあとにした。




