一章 [19/21]
そう言われても、水蓮は戸惑いの表情を浮かべるだけで、次の言葉が出てこない。
「逃げて、わざわざ桃源までやってきたのは――?」
そんな彼女を見て、王紀が尋ねた。やさしく語りかけるような泉蝶の言葉とは違い、尋問するような同情の欠片もない口調だ。
「廣にいたら、どこで捕まって売られるかわからないから……。桃源なら私みたいな忌み子でも受け入れてくれるんじゃないか、って。ここなら仙術使いもそんなに特別な存在じゃないのかな、って」
水蓮はのどが渇いたのか、視線をわずかにさまよわせたあと、脇に置かれた木苺に手を伸ばした。
「先ほどのお話ですでに出ていましたが、もう一度確認させてください。あなたは廣の出身なんですね?」
王紀がもう一度薬湯を入れた湯呑を差し出しながら尋ねた。しぐさはやさしいが、その目には鋭い光が宿っている。
「あ……、はい」
その答えに志閃以外の将軍が、すでにこわばっていた顔をさらに一段回しかめた。「貴様……」と唸ったのは飛露だ。
「これも確認ですが、桃源と廣が戦争中であることはご存知ですよね?」
王紀は殺気立ちはじめた飛露を片手で制して、問いを続ける。
「……はい」
水蓮は身を小さくしてうなずいた。
「それなら、今我々があなたを受け入れられないこともわかるはずです」
「……ごめんなさい」
その声はか細い。「でも……」とつぶやいたが、そのあとに言葉はつづかなかった。
「まぁ、とりあえずはあなたの言葉を信じておきましょう。卑劣で野蛮な廣皇帝の被害者だと」
わざと廣の皇帝をけなす言葉を口にして水蓮の反応を見たが、彼女は眉一つ動かさない。
「あなたが桃源に向かった理由は分かりました。しかし、なぜ源京――帝都を素通りしてしまったのですか? 廣から桃源までの道は一つですし、帝都に気付かず奥地に入り込む方が難しいのですが……」
「戦に巻き込まれたくなくて、迂回したんです……。正確な場所を知らなかったので、完全に迷ってしまったんですけど……。何とか道らしきものを見つけて歩いていたのですが、獣の通り道だったらしく狼に――」
「狼?」
「貴様っ!」
その答えにいきなり飛露が水蓮に掴みかかろうとした。
「待ちなさい!」
慌てて泉蝶が水蓮をかばう位置に立つ。
「最後まで話を聞いてからでも遅くありませんよ」
王紀もそうなだめる。問い詰めるような厳しい態度をとってはいるが、水蓮を完全に敵視しているわけでもないようだ。




