七章 [10]
「で、今のは何の術なのよ!?」
恥ずかしさを隠すために、泉蝶はそう怒鳴った。
「わかりやすく言えば、気を見る『目』を無理やり開く術だね。俺たちは、気を見るための目を持っていて、泉蝶ちゃんみたいな気を感じられない人はその目が閉じちゃってる状態。気が見える人は、どれくらい開いてるか差はあるけど、目が開いてる状態。さっきの術は、その気を見る目を無理やり全開まで開いてくれるの。ただ、むちゃくちゃ気を消費するし、目をめいいっぱい開いた状態で見える世界はきれいすぎて、気を使いつくしても術を解かずに術に気を食い尽くされちゃう危険が高かったから、失敗作ってわけ」
志閃は先ほどまでいた場所には戻らず、押し入れの方をごそごそやっている。
「泉蝶ちゃん、だいじょぶ? 本当は一瞬で終わらせるつもりだったけど、ちょっと長い間術をかけ続けちゃった。体、重くない? 寒くない? 気を急激に失うと、寒気を感じると思うんだけど……」
志閃が押し入れから持ってきたのは毛布だ。それを泉蝶の肩にかけてから、自分用に注いでいたお茶の前まで戻る。
「平気よ」
少し倦怠感はあったが、さほど気にならない。しかし、背を覆う毛布のぬくもりが心地よくて泉蝶はありがたくそれにくるまった。
「確かに、泉蝶ちゃんの気あんまり乱れてないんだよね」
志閃は目を細めて泉蝶を見た。
「術師としてはかなり有能なのに、気を見る目が開いてないのがむっちゃ惜しい」
何度か聞いた言葉だ。
「……あなたは大丈夫なの?」
「俺はもともとかなり気を見る目が開いてる方だから、あの術使ってもほとんど変わんないよ」
「……有能なのね。……怠け者なのに」
このお調子者癖毛を素直に称賛するのは癪で、泉蝶はあえて毒を付け足した。
「だって、親父や兄貴みたいにむちゃくちゃがんばって、最終的に自分の術に食い殺されるとかいやじゃん。これ以上おふくろを泣かせたくないし、俺はこれくらい適当でお気楽な方がいーの」
もしかして、志閃はわざと今の奔放で適当な生き方をしているのだろうか? 泉蝶の脳裏に一瞬そんな疑問がよぎったが、彼に限ってそんなまじめなことを考えているわけはないだろうと思いなおす。
「それで? なんであなたは最新の戦況を知ってるのよ?」
話の流れを変えたくて、泉蝶は唐突にそう質問した。彼女の目は、机の横にたたまれた地図に向いている。
「頼んでもないのに、妖舜が毎日戦のこととか禁軍のこととか教えてくれるんだよね」
志閃は書き物机の引き出しから、上質な紙の便せんを何枚も取り出して見せた。そこには丁寧な長文が書いてある。
「あいつほんとマメよね。俺が欲しい情報は全部漏れなく送ってくれるし、気が利きすぎ。むちゃくちゃ気持ち悪い。けど、あいつがモテる理由がわかるわ」
「実は、私も妖舜に頼まれてここに来たの」
「そう」
志閃の顔が少し陰ったように見えた。
「飛露や妖舜が考えていることがわからないの。志閃ならあたしの疑問に答えてくれるって言われて――」
「俺に助けを求めに来たわけね」
志閃がほほ笑んだ。その顔は本当にうれしそうで、さっき一瞬見た寂しげな顔のことなど忘れてしまいそうだ。
「その言い方はなんか嫌だわ」
「そういうツンツンした泉蝶ちゃんも好きよ~」
泉蝶が不快気に顔をゆがめても、志閃の笑顔は消えない。確かに、今の彼には精神的余裕があるようだ。彼のごきげんな毒気のなさに、泉蝶も肩の力を抜いた。
目の前の紅茶に口をつけ、勧められるままに茶菓子に手を伸ばす。甘い蜜のたっぷりしみ込んだ小麦のあげ菓子だ。泉蝶の生まれ育った西方地域で良く食べられる菓子だが、貴族向けに品良く仕上げられている。
「おいしいっしょ~? 西方出身の泉蝶ちゃんの口に合うかと思って出したんだ」
「懐かしい甘さだわ。私も何か茶菓子でも持ってくればよかったわね……」
そこまで気が回らなかった。
「いーよいーよ。お菓子とかもらってもこの家にはほとんど人がいないから、なくならないし」
志閃は空っぽの花壇がある殺風景な庭を指した。
「お母様とか、他の使用人とかいらっしゃらないの?」
「お袋は桃源の仙術軍に徴兵されてる。周りの人を強化して、戦力を増強させたり、治癒力を高めたりするのが得意だから、前線の砦でがんばってるみたいよ。仙術の修練をしてる人たちに屋敷の空き部屋を貸してたけど、そっちも研究機関や軍隊に呼ばれて、いなくなっちゃった」
「寂しいわね」
「そだね」
暗い声で泉蝶が言えば、志閃も同じ声の調子で返してくれた。




