七章 [5]
しばらく進むと、飛露の気が動き始めた。こちらに向かって進んでいるので、泉蝶たちに気づいて、会いやすい場所へ移動してくれているのだと察せる。
「飛露将軍が動いた。こっちだ」
案内役が泉蝶から妖舜に代わった。
初めて訪れる場所でも、気の触感から大体の構造は把握できる。細長い通路をつきあたりまで進み、右――より宮殿の奥を目指す方へ折れれば――。
「飛露、久しぶりね」
通路の先に弓を背負った飛露が見えた。見慣れた袖なしの稽古着ではなく、帝に仕えるのにふさわしい正装をしている。頭の上で髪を一つにまとめている白い結い紐は初めて見る。
後ろには頭の先から足の先まで、白一色の袍に身を包んだ人影が二つ。片方は飛露と同じくらいの背丈。もう片方は泉蝶よりも低そうだ。子どもか女性だろう。
「泉蝶、何をしに来た?」
飛露は灰色の目を鋭く細めて同僚を見た。
「あなたの様子を見に来たのだけれど……」
どうやら歓迎されていないようだ。敵意すら感じそうな飛露の目に、泉蝶は眉をひそめた。
「飛露将軍、その言い方はひどいと思いますよ」
「貴様とは話しておらぬ」
妖舜の言葉にも、きつい言葉で返す。
「…………。いや……、すまぬ。少し精神的な余裕に欠けているのかもしれぬな」
しかし、さすがに言葉が悪すぎたと自省したのだろう。飛露は泉蝶を見てそう詫びた。
「陛下はご健勝かしら?」
「無論だ」
飛露がいらだっている理由として、敬愛する帝の不調と言う可能性が浮かんだが、飛露の言葉からして違うようだ。彼も仙術使いなので、めったなことでは嘘をつかない。
「飛露は元気してた?」
それなら飛露自身の不調だろうか。
「ご覧の通りだ」
つんと顎を上げて、不敵に言う飛露。泉蝶には、「元気に決まっておる」と言っているように取れたが、術師の妖舜が感じたものは違う。気が乱れ、ひどく疲れて見えた。しかし、今ここでそれを指摘しても、飛露を不快にさせるだけだ。あとで、碧龍宮を出てから泉蝶に伝えようと妖舜は思った。
「後ろの方々は?」
次に泉蝶は飛露の後ろに控える二人を見た。頭巾を目深にかぶっているせいで、顔がほとんど見えない。
「今の戦を良い方向へ導くために、集まってくださった方々だ。彼らの正体は極秘のため、泉蝶にも明かすことはできぬ」
「同じ禁軍将軍なのに?」
「わたしが今就いているのは、禁軍の職務を超えた極秘任務なのだ」
「……二人きりでも話せないのかしら?」
妖舜に聞かれたくない内容ならば、下がらせることもできる。
「悪いが――」
しかし、飛露に後ろの二人を紹介する気はないようだ。飛露の性格からして、これ以上どれだけ問い詰めても口を割ることはないだろう。
気に敏感な妖舜なら何かわからないかと、泉蝶は斜め後ろに立つ彼を見上げたが、長い前髪で顔の上半分を隠した妖舜は、社交的な笑みを口元に浮かべているだけだ。
水蓮のことや、志閃のこと、前線から帰ってきた王紀のことなど、話したいことは山ほどあったが、飛露の後ろにいる人々の正体がわからないので、それを話しても大丈夫かどうか判別をつけられない。
「わかったわ」
泉蝶はため息をこらえてうなずいた。
「仕事中に邪魔して悪かったわね」
そう話を切り上げるしかない。
「……すまぬ」
飛露は浅く頭を下げた。その態度で、彼には彼の事情があることが察せた。
「大丈夫よ。陛下を頼んだわ」
「……ああ」
飛露がうなずいたのを確認して、泉蝶は踵を返した。
「おぬしも、禁軍を頼む」
「任せなさい」
思い出したように付け足された言葉に、力強く答える泉蝶。わずかに振り返り、飛露に握りこぶしを見せつけた。
「うむ」
もう一度うなずいて、飛露は泉蝶と妖舜の背を見送る。
「あの男性の方、占い師なんですね」
二人の姿が完全に消えたあと、飛露の後ろに控えていた白づくめの一人が口を開いた。長春仙だ。
「そうです。禁軍の仙術部隊に所属している妖舜と言う者です」
飛露は声の届く範囲に誰もないことを確認して答えた。
「こういう言い方をするのは良くないかもしれませんが、あの方は少し問題のある人なのではありませんか?」
「……そうですね」
どう答えるべきか少し悩んだものの、飛露は短く肯定した。
「彼は我々の計画の障害になる可能性があります。辺りの気が濃くなりつつあるので、間違った未来を見てしまうかも……」
長春仙はわずかに頭巾を後ろにずらし、飛露にその顔をさらした。眉がたれ、ひどく心配そうな顔をしている。
「左様でございますか」
救世主の言葉に飛露はわずかに驚きを見せた。人間性は難ありだが、妖舜の占いの腕は信頼に値すると思っていた。しかし、崑崙の仙女が言うのだから、きっとそんな未来が訪れるのだろう。
「いかがいたしますか?」
飛露は尋ねた。
「しばらくは、彼の未来が良い方向へ進むよう祈ります」
この「祈る」は、仙術的な効果をもつものではなく、ただ成り行きを見守るといった意味合いだ。
「我々は当初の計画通り、源京を守る準備を進めましょう」
「御意に従います」
仙女の指示に、飛露は恭しく頭を下げた。




