七章 [3]
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翌日、禁軍将軍とその代理を務めている者が集まる朝会のあと、泉蝶は妖舜とともに宮殿内を見回っていた。休日らしくない過ごし方だが、こんな日にしかできないことも多い。
その一つが宮殿の現状確認だ。占い師である彼の気の感知能力と泉蝶の戦士としての視点が合わされば、新たな発見があるかもしれない。
城壁沿いに外縁を一周し、朝廷、官吏の寮、庭、謁見の間――と、ありとあらゆる場所を見ていく。それだけで半日を使う重労働だ。
「何か気になるところはあるかしら?」
泉蝶は無言で歩く占い師に尋ねた。
「……いや」
妖舜が足を止めて、辺りを見回す。
「今の状態を見る限りでは、所見なしと言わざるを得ないな。むしろ、以前より平和で穏やかだ」
龍穴から湧きだす気の乱れが減り、以前は頻繁に感じていた嫌な気もない。
「しいて言えば、龍穴の勢いがわずかに衰えたかもしれないな。湧きだす気の量が変った感じはしないが」
「気の量が変わらずに、湧きだす速さだけ遅くなったの?」
「そう。つまり、龍穴から湧いた気が辺りに濃くたまり始めている状態だ。多くは天へと帰っていくが、一部は宮殿や源京に残って気の濃度が増している。と言っても、本当にわずかな差だ。俺のような気にひどく敏感なやつでないと気づけないだろう」
妖舜は空を見上げている。泉蝶には青い空に白い雲が浮かぶ風景しか見えないが、気が見える人にはこの空が違う色に見えると言う。
「それって、良いことなのかしら?」
泉蝶はいつもと何ら変わりなく見える空を一瞥して尋ねた。
「良いことだと思いたいな。周りの気が濃くなれば、術師は戦いやすくなる。敵にそれを利用される可能性もあるが……」
「桃源の術師の方が廣の術師よりも強いって聞いたけど」
それなら、濃くなりつつある気は桃源に味方するはずだ。
「志閃や桃源軍の術師たちが回収した情報によるとそうらしいが、警戒は怠らないに限る」
占い師の言うとおりだ。
「そうね」
泉蝶はうなずいた。操られていた周賢のこともあるし、しばらく前には前線の砦の結界が破られる事件もあった。弱い術師となめてかかるべきではないだろう。
「しかも、濃い気は大半の術師を強化するが、俺にとっては迷惑な存在でな。未来がひどくかすんでいる……」
妖舜は遠くのものを見るように目を細めた。
「先翔殿下も、最近遠い未来が見えなくなったって悩んでいらしたわ」
未来が見にくくなったのは、占い師共通のことなのだろうか。
「十中八九龍穴からの気が干渉しているせいだろう」
占い師が未来を見られなくなる原因は、大きく分けて二つだ。外的要因と内的要因。前者は未来を示す気の密度や乱れによって占いを妨げられるもの。後者は占い師自身が「未来を見たくない」と思うことによって、自分で未来を見る目を閉じてしまうものだ。
未熟な占い師は、親しい者の死や過酷な運命を見てしまったことをきっかけに、未来を見る目を閉じてしまうことがある。この状態になってしまった場合、占い師としての復活が絶望的なことを妖舜は知っていた。占いを学び始めたばかりの幼い皇子が不安になるのはもっともだ。
「気がどんな過程でどの程度まで増えるかは、見えないが、逆に未来の見えにくさから考えると、今の倍近い濃度まで上がるかもな。……俺は、見ない方が良い未来を見ているのかもしれない」
続けて答えた妖舜の眉間には、しわが寄っている。
「『見ない方が良い未来』?」
泉蝶は首を傾げた。
妖舜の目が泉蝶を向く。泉蝶は女性にしては背が高い。それでも妖舜と比べると頭一つ分ほど小さく、筋肉量はそのあたりの男性剣士に劣るだろう。仙術も扱えない彼女は、他の禁軍将軍よりも頼りなく感じられた。




