七章 [2]
「あ、泉蝶。今、僕と誰かを比べたでしょ!」
次の瞬間、翔がほほを膨らませた。
「え?」
「数珠が反応したから間違いないはずだよ! だれ? 志閃?」
数珠を真剣に見ていた翔が顔を上げた。三角形の目で泉蝶を見ている。
「……申し訳ありません。仙術部隊の妖舜の占いとは占い方がこんなにも違うのかと驚いていました」
泉蝶は深々と頭を下げた。
「妖舜かぁ」
吊り上がっていた翔の眉がわずかに垂れた。
「妖舜はすごい占い師だもん。僕も二十年くらいシュギョウしたら、妖舜みたいに占えるようになるかなぁ。いっぱい練習してるけど、最近は明日とかあさってくらいのことしかわかんないんだ」
「それでもすごいのではないでしょうか。私が明日休みだということを、見事に当てられましたし」
「ありがとう、泉蝶」
翔は穏やかにほほ笑む。子どもらしからぬ、何かを悟っているかのような笑みだった。
「僕は第八皇子で帝にはなれないだろうし、お兄様たちの邪魔もしたくないから、もうちょっと大きくなったら仙術のシュギョウに出ようかなって思ってるんだ」
神仙の膝元と言われる桃源国でも、廣やほかの国ほど激しくはないが王位争いがある。まだ幼い第八皇子は、それに巻き込まれたくないと言う。
「修行、ですか」
泉蝶はオウム返しに尋ねた。
「山ごもりってやつだよ! 神仙の加護がある山奥に住み込んで、ひたすら自分の気を磨くんだ。滝に打たれたり、雪解け水に浸かったり、食べ物とか着るものとか自給自足したり、俗世から離れて仙人様みたいな生活をするんだよ。志閃は禁軍に入る前、何年かシュギョウしてたんだって。だからあんなに強いのかな」
翔は無邪気に答えるが、内容を聞くだけでもなかなか厳しそうな修行だ。
「本当にすごい人は、そのまま本物の仙人様になるらしいけど、本当なのかな? 泉蝶、聞いたことある?」
「いえ、仙術のことは不勉強でして……」
「そっかぁ。僕はがんばってシュギョウして仙人様を目指してみようかな、って思うんだ。だって、仙人様ってすっごく長生きするんでしょ? いっぱい長生きして、ずーっと桃源国を守りたいんだぁ」
翔の目はキラキラしている。彼の将来設計は、「夢」のようにも聞こえるが、才能と力のある皇子にとっては実現可能な「目標」なのかもしれない。
どちらにしても、自分の将来を真剣に考えて、堂々と口にできるのはすごいことだ。泉蝶は目の前の少年皇子に敬意のこもる目を向けた。
「だから、こんなところでつまづいてちゃダメなのに!」
そして、翔は数珠に目を戻した。
「この間までは結構遠い未来まで見えてたんだよ。でも、最近になってほんの数日先までしか見えなくなっちゃったんだ……。いろんな人を占えば、原因がわかったり、また未来が見えるようになったりするかも、って思ってやってるんだけど、今のところダメみたい」
翔が泉蝶を占いたがったのは、そういう理由もあったのか。
「白伝や妖舜に助けてもらえたらいいんだけど、二人とも忙しくて全然後宮に来てくれないし、二人が来る未来も見えないんだぁ……」
困ったようにうなだれる翔。向上心の強い子どもだと泉蝶は思った。
「明日、私から妖舜に伝言いたしましょうか?」
泉蝶はしょんぼりしている翔に提案した。
「ほんとう!?」
翔の顔が目に見えて明るくなった。
「もちろんです。私は毎日妖舜に会いますし、特に明日は一緒に宮殿を見て回る約束をしておりますので」
翔のうれしそうな様子に、泉蝶の顔にも笑みが浮かんでいる。
「ありがとう! 忘れないでね!!」
翔は占い用の数珠から手を離して、泉蝶の両手を取った。上下にぶんぶん振って、全力で感謝の意を示している。
「泉蝶のおかげで元気が出たよ! お仕事中に邪魔してごめんね」
どうやらもう職務に戻ってもいいようだ。皇子の言動から泉蝶はそう察した。
彼の好きなように振り回されている気もするが、警護対象である皇子の役に立てたのなら禁軍兵士冥利に尽きると言えるのかもしれない。
「いえ、お役に立てて良かったです」
失礼になるかもしれないと思いつつも、泉蝶は翔皇子の頭をやさしくなでた。
「泉蝶はいいお母さんになりそうだね!」
翔はあいかわらずニコニコしている。
言われてみれば、まだ幼い少年皇子に対する感情は母性に近いのかもしれない。飛露のような純粋な忠誠心ではないし、志閃が良く見せる友人を相手にするような気軽さもない。しかし、根っからの軍人と自負している泉蝶は、「母性」を指摘されて戸惑った。
「……ありがとうございます」
どう答えるべきか迷ったものの、泉蝶は最も当たり障りなさそうな言葉を口にした。翔の頭から手を離し、軍人らしく胸に手を当てて忠誠を示す。
「お仕事がんばってね」
泉蝶のしぐさを、翔は彼女が仕事に戻る前のあいさつと取ったようだ。
「失礼いたします」
ひらひら手を振る翔に恭しく一礼して、泉蝶は逃げるように後宮警護の職務に戻った。




