六章 [15]
「氷のような、鋭く研ぎ澄まされて澄んだ気をお持ちですね。重さもあって頼もしさを感じます」
長春仙の顔が近づいてきたので、飛露は無意識に体をそらして離れようとした。しかし、ほほをつかむ彼女の手のせいで距離が取れない。
こつんとお互いの額が触れ合った。
目の前に長春仙の閉じられた目がある。彼女の長いまつげが顔に触れそうだ。彼女から香ってくるバラの芳香に、飛露は息を細くした。
ふれた額から流れ込んでくるのは彼女の気だ。全身を小さなとげで刺されるような痛みに、飛露は身を固くした。しかし、その痛みはすぐに全身のツボを刺激するような気持ちよさに変わる。体の疲労が消え、気が活性化するのがわかった。
「……く!」
飛露は慌てて長春仙から離れた。
「怖がらないでください。あなたの中にはまだ強い力が眠っています」
それを起こそうとしてくれているようだ。長春仙は再び飛露に向かって両手を伸ばした。
「結構です」
しかし飛露はその手を払った。彼の灰色の目は鋭く、油断なく長春仙を見ている。
「……そうですか。出過ぎた真似をしてしまいましたね」
彼女は理由を聞くことすらせずに、すんなりと引いてくれた。飛露の強い拒絶を察したのだろう。申し訳なさそうに視線を落とす。
「そんな、とんでもない! 仙女様のお心遣いは身に余る光栄です。こちらこそ、乱暴な真似をしてしまって、誠に申し訳ありません」
飛露はそう言いつつも、彼女の手が下がった瞬間に一歩後ろに下がっていた。
「飛露将軍は仙に準ずるほどの気を持っておりますが、人として生きるために気の一部を封じているのです」
帝がそう飛露の非礼を弁明する。
「……っ!!」
その瞬間、飛露の気が大きく揺らいだ。目を見開き、体をこわばらせている。彼の動揺ぶりに、皆の視線が飛露に集まった。
「飛露、お前が隠したがっているのは知っておるが、長春仙様には事情を知っておいていただくべきだろう?」
唯一飛露の気のことを知っている帝が、やさしい声でなだめる。
「……ごもっともです」
飛露は冷静さを取り戻すために、目を閉じて大きく息をついた。
「そうだったのですね。人にはいろいろな事情があるということは把握しています。大変なことをしてしまうところでした」
長春仙は納得して、彼女の気が飛露に干渉しない距離まで離れた。
「申し訳ありません……。わたしにかかっている術は不可逆的なものでして……」
つまり、一度飛露にかけてある封印を解いてしまうと、二度と元に戻せないということだ。
「術をかけた術師は――?」
「……亡くなりました」
術師の中には好奇心の強い者が多いが、この仙女も同じらしい。飛露は長春仙の問いに淡々と答えた。
「長春仙様、陛下、そろそろ残りの二人を紹介されてもいいのではありませんか?」
飛露の気を読んで、そう話を変えたのは占い師白伝だ。
「それと、先ほどの飛露将軍に関するお話は、誰にも話しませんようよろしくお願いいたします」
細かな気の変化に敏感な占い師は、こういう時にも役に立つ。白い服を着た四人に向かってくぎを刺す白伝に、飛露は目礼で感謝の意を示した。
「その点は大丈夫だ。ここに集まっているのは、長春仙様を守るという極秘任務を遂行できる確信がある者だけだ。口の堅さは申し分ない」
淡く笑んだ帝の言葉に、白い服の面々が深くうなずいた。
「信じます」
飛露はそう答えるしかない。一度動揺で乱れた気は、まだ完全に戻ってはいなかったが。




