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五百禁軍の姫  作者: 白楠 月玻
六章 消えた蓮と救世主
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六章 [13]

 厳重に守られた扉をいくつか通って、飛露(とびつゆ)がたどり着いたのは宮殿内の庭園だった。


 庭と言っても、四方を壁に囲まれ高い屋根がついている屋内庭園だ。天井の高いところには太陽と同じ輝きを放つ(ぎょく)が浮かんでいる。室温は肌寒く調整され、庭には春の草花が栄えていた。碧龍宮(へきりゅうきゅう)にある四季を再現した庭園の一つ、春の庭だ。


「禁軍弓部隊角端(かくたん)軍将軍、飛露が参りました」


 板の間に帝と帝付きの占い師――白伝(はくでん)の姿を見留め、飛露はそう名乗って膝をついた。


「おはようございます。飛露将軍」


 純白の衣装に身を包んだ白伝が振り返り、涼しげな顔に笑みを浮かべた。


「固くならず、こちらにどうぞ」


 白伝が案内したのは、帝の隣。こんなに帝に近づいたのはいつぶりだろうか。


「よく来たな、飛露」


 飛露が帝の隣に立つや否や、帝が目じりにしわを寄せて言った。明るい場所で彼を見るのは本当に久しぶりだ。


 帝の歳のころは五十代。彼も仙術を扱えるので、実年齢はそれよりも十歳ほど上だ。眉間にも目じりにも刻まれた深いしわが、彼の人生を物語っている。


「お招きいただき誠に光栄でございます」


 飛露は深々と頭を下げた。


「そう固くなるな。わたしはお前を友だと思っている。友としてここにいてくれ」


「…………! か、かしこまりました!」


 帝の予想外の言葉に、飛露は細い目を丸くした。もう少し若ければ、驚きと喜びで膝が震えて立てなくなっていたかもしれない。


「早速だが、飛露、以前ほかの禁軍将軍にした夢の話は知っておるな?」


 飛露を見て語りかける帝の様子は、謁見の間で会う時よりも柔らかく感じた。いつも威厳に満ちて張り詰めている気も、穏やかだ。


「もちろんです。崑崙(こんろん)から救世主がいらっしゃるというものでございますね」


 一方の飛露は固さが抜けない。普段帝と話すとき以上にかしこまっているかもしれない。


「……あの水蓮(すいれん)と言う娘は、救世主ではなかった」


 申し訳なさそうな帝の言葉に、飛露はわずかに息をのんだ。


「左様でございますか」


 しかし、安心感も大きい。やはり彼女を疑い続けた自分の判断は正しかったのだ。


「先日、崑崙から真の救世主様がお見えになった。彼女は奥山から神の使いたる大狼をひきつれていらっしゃった」


「なんと!」


 飛露は驚きの言葉を口にした。


「飛露にはわたしを守るようにと言って呼び寄せたが、実のところ、お前には救世主様を守ってもらいたいのだ。彼女の存在を多くのものに知らせるのは得策ではない。ごくごく少数のもののみでお守りしたいと考えておる。だから、深く信頼を置けるお前を呼び寄せた。引き受けてくれるな?」


 帝は真剣な顔で飛露を見た。


「まことに光栄なことです!」


 いつも厳しい表情をしている飛露の口元には笑みが浮かんでいる。

 帝も満足げな笑みを浮かべてうなずいた。


 そして一つ手を叩く。その乾いた音を聞いた瞬間、庭の木陰から二つの人影が現れた。

 頭の先から足の先まで白一色。占い師――白伝と同じ型の衣装だ。顔は目深にかぶられた頭巾で良く見えない。しかし、彼らが一様に強い気を纏っていることは分かった。


「彼らは――?」


 飛露は冷静に尋ねた。


「わたしと白伝で編成した救世主様の護衛隊だ」


 帝のよどみない答えに、飛露の表情がわずかに動いた。眉間にしわが寄る。しかし、それよりも大きかったのは彼の気の動揺だ。


「わかっておる。禁軍の面々に相談なく勝手に護衛隊を編成したのは、お前たちの矜持を傷つける行為だ。それに関しては悪いことをしたと思っておる」


「い、いえ!」


 頭を下げようとした帝を、飛露は慌てて制止した。帝は一国の主だ。彼が謝罪をし、頭を下げることなどあってはならない。彼はいつだって国民のためを思って動いている。その行動に非などあるはずがない。


「禁軍の能力に不満があるわけではない。だが、長春仙(ちょうしゅんせん)様をお守りする人々はわたしが新たに選びたかった」


 長春仙と言うのが、帝の見た夢に現れた救世主の名か。


「陛下のお考えはごもっともです!」


 ほかの将軍は不快に思うだろうが、飛露はそれが陛下の判断ならば従うだけだ。


「ありがとう」


 帝の笑みには、わずかに疲労の色が見えた。


「白伝を含め五人を長春仙様の世話係やそば仕えに命じておる。飛露にはその長になってもらいたい」


「しかしそれでは、陛下の御身の守りが――」


「案ずるな。禁軍の面々がおるし、お前のことだ。長春仙様を守りつつも、わたしにも気を払ってくれるだろう?」


 帝にも飛露の(あつ)い忠誠心は知られている。だからこそ、この場に呼ばれたのだろう。


「もちろんでございます」


 飛露は胸の中で陛下の言葉をかみしめた。

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