一章 [8/21]
「前線は少し源京側へ。八峰――ここから山を八つ越えたあたりまで侵攻されています。まだ遠いですが、確実に押されていますね」
王紀は机に地図を開き、今朝の前線位置を書き込んだ。そこには、今までの前線も書き込まれているが、徐々に帝都――源京側へ移っていることがわかった。すでに源京までの三分の一ほどを進攻されている。
「地の利はこちらにありますが、平地の大国は数が違いますね。前線で戦っている別軍の将軍に話を聞く機会があったそうなのですが、どうも相手国――廣の皇帝は何年も前から戦の準備をしていた可能性があるそうですよ。こちらの仙術に対する準備も万端だとか」
「向こうにも術師いんの~?」
「えぇ」
「どれくらいできんの?」
先ほどから相手の仙術について問う志閃は真顔だった。
「質は桃源の術師の方が上だそうです。ただ――」
「数の問題、ね」
泉蝶が言い、王紀もうなずいた。
「前線がやばくなったら、禁軍にも出兵命令が出るんだろうな」
大柄な赤覇が唸るように言う。
「でしょうね。大きな軍ではありませんが、精鋭ぞろいですし。欲を言えば、もう少し人員が欲しいですけどね」
禁軍所属の軍人はおよそ五百。一人の将軍が約百人ずつ率いている。日常的な警護には十分な人数だが、不測の事態に対処しきれるかと問われれば、不安だ。
「けどさー、こんな辺境の国の禁軍にどんだけ人入れたって、でっかい下の国には勝てなくね? 数的に」
先ほどまでの真面目な様子から一転、軽い口調で言う志閃。
ちなみに「下の国」とは、ここ桃源以外の国をまとめた呼び方だ。高地にある桃源国から見ると、どの国も標高的に低い位置――下にあるためそう呼んでいた。
現在、下の国々と呼ばれていたもののほとんどは廣に併合されてしまったが、「下の国」と言う呼び名は根強く残っている。
「貴様、桃源が負けると申すのか!?」
緊張感のない志閃に怒鳴ったのは、将軍一忠誠心の篤い飛露だ。頭の高い位置で一つに束ねた髪を振り乱し、志閃につかみかかろうとした。
「いや、俺『数的に』って言ったっしょ?」
志閃はきょとんとした顔で答える。
「戦で負けるとは言ってないって。負けたら俺困るし」
「困るのはあなただけじゃないけどね」
泉蝶はため息交じりに言った。志閃のお気楽さを見ていると、今行われている戦さえたいしたことないように思えてくる。




