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五百禁軍の姫  作者: 白楠 月玻
六章 消えた蓮と救世主
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六章 [9]

 部屋を出て足早に廊下を進む泉蝶(せんちょう)飛露(とびつゆ)。途中までは同じ道のりだ。今後の確認を繰り返し行いながら本部棟を抜け、そこを出たところで別れた。

 泉蝶が目指すのは、仙術部隊の兵舎だ。妖舜(ようしゅん)の居室は最上階。


 しかし、兵舎の入り口に目当ての人物はいた。あちらこちらに札や術具を隠し持ちやすい袖や裾の布地がたっぷりした衣装は、術師が良く好むもの。まっすぐな黒髪に愁いを帯びた暗い瞳。闇の化身のような姿をした妖舜は、泉蝶を見留めるとゆっくりとこちらへ歩いてきた。


「妖舜、ちょうどよかったわ」


 泉蝶はそう彼に声をかけた。


「もちろん、姫将軍が俺を訪ねてくるのは見えていた」


 低く落ち着いた声で妖舜は言う。


「将軍とはいえ、女性を野郎ばかりの仙術部隊舎の最上階まで登らせるのは忍びなかったんでな」


 わざわざ泉蝶のために会いやすい場所まで来てくれたらしい。


「無用な気づかいだけれど……、感謝するわ」


「姫将軍は自分が思う以上に女性らしい。気を付けるべきだ」


 妖舜は泉蝶の姿を頭から足の先まで眺めた。長靴はしっかりしたつくりで装飾もないが、それ以外の彼女が纏うものは着物も帯も剣の鞘も美しい花や蝶などがあしらわれ、何とも可憐で女性的だ。男性が持ちえない、起伏のある体の線も良くわかる。


「変な男が来ても返り討ちにできるから問題ないわ」


 泉蝶は軽くこぶしを握り締めてみせた。細く見えていた腕に大きな力こぶが浮かぶ。


「それは頼もしい」


 見事な筋肉を妖舜は素直に称賛した。泉蝶も得意げな顔をしている。


「それで、志閃(しせん)の話か」


 立ち話で済む内容ではないと二人とも察しているので、彼らの足はおのずと本部棟へと向かっていた。空いている休憩室か会議室を見つけてそこを借りようと言う算段だ。


「そうね」


 泉蝶はうなずいた。


「正直に言うと、こうなる未来は見えていた」


 妖舜には志閃が謹慎を言い渡されることが事前にわかっていたらしい。


「じゃあ、なんで止めなかったのよ」


「この未来を回避しようとすると、それ以上に厄介な状況になりかねなかったからな。たとえば、志閃や飛露将軍が大けがをしたり、志閃と飛露将軍が二人そろって宮殿を離れるハメになったり――。これが一番安全に未来へ戦力を温存できる形だった」


 この未来を導くために、妖舜は志閃に「志閃と飛露将軍は協力しなくていい。敵対していろ」と助言した。飛露が謹慎を言い渡された志閃をかばって、二人そろって謹慎になる未来を回避するためだ。


「あなたが言うのなら、そうなのでしょうね」


 気が感じられない泉蝶も、占いの実用性や妖舜の占いの腕は信じている。


「……あたしはどうすればいいのかしら?」


 だからこそ、未来のことを聞いてしまう。


「姫将軍への助言はほとんどない。この宮殿内で起こっている異常は、『気』が深くかかわっているものだ。気が感じられない人間を動かすのは危ない」


 やはり、泉蝶では役に立てないのだ。泉蝶は手のひらに爪が食い込むほど強くこぶしを握って悔しさに耐えた。


「ただ……、そうだな。時間がある時でいい、志閃の様子を見に行ってやってくれ。情報交換ができれば、良い未来が近づくかもしれない」


「良い未来って言うのはどれくらい良いのかしら?」


 興味本位で聞いてみる泉蝶。


「最良の未来は完全勝利、だな。陛下も兵士の大部分も無事で、(こう)を退け、向こう二十年の平和が保証される。だが、そこまで完璧な未来に導くのは至難の業だし、一つ間違えばかなり悪い未来にも転がりうる。難しいところだ」


「悪い未来は――?」


「悪い未来はこの国の終わりだ。陛下も俺たちも多くが死に、神仙の世界――崑崙(こんろん)までが(おびや)かされる」


「そんな……」


 それしか言葉が出なかった。今がどれほど不安定で綱渡りな状況か、改めて実感した。


「安心しろ。そんな悪い未来は俺や志閃が絶対に食い止める」


 顔色を失った泉蝶に、妖舜は色っぽく笑んで強い口調で言い切った。男女のあれこれとは無縁な泉蝶でも、彼が多くの女性に人気な理由を察した。もう少し乙女心が残っていれば、「きゃー、かっこいい!」と思っていたかもしれない。


「頼もしいわ」


 実際の泉蝶に湧きおこった感情は、同じ軍人としての信頼感のみだったが。


「……じゃあ、あたしにできるのは、時間のある時に志閃と情報交換をすること、だけね?」


 残念だが、それしかできないのなら仕方ない。気を感じられない自分の体質を嘆く時間も惜しい。

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